琥珀色の思い出にしよう


「面白いことがあったんでしょう、プロ美少年」

カウンターの中で糊の効いたシャツに身を包むほっそりとした女が笑いかけた。

可愛らしさと徒っぽさ、人懐っこさ中にも知性を覗かせる佇まい、それらが渾然一体となって、彼女が何者だったのかを有耶無耶にしている。

過去は知らないが、今ならわかる。

血のつながらない私の母親だ。

そして、父の遺志を継いで喫茶マホガニーのマスターをしている。

話好きの店主のせいで昔より賑やかになった店を死んだ父はどう思うだろう。

「でも、何が起きたかは聞かないでね」

先手を打ったことは海月の好奇心を刺激したようだった。

「えぇ、なんで」

「面白いと思ってるから?」

「お裾分けして」

「じゃあお父さんとの馴れ初めは?」

「大事な秘密よ」

「それと似てるよ、分けたら減ると思う」

「そう、櫂(かい)って飽きないわ」

笑顔が美しい。

6年同じ屋根の下で暮らしたが、偶像のような女だった。

家事をする姿も見た。

今朝何を食べたか知っている。

なのに、近づけない。

心の住処が私たちの家でなかったからだ。

だから、わからない。

そういう人間もいるのだ。

過去に囚われているのか、どこか別の今に心があるのか。

それでも父は愛し愛され、たぶん心の底から幸せだったと思う。

痩せ我慢などではなく、そういう無上の幸せを知る父を、私は誇らしく、羨ましく思う。

「行ってきます」




待ち合わせ場所に向かいながら、先日のことを思い出す。

栞はデートをしてみたいと言った。  

放課後デートなんてベタだね…と思わず言うと、ベタだからこそ未経験だとのだと力説された。

まぁそうかも知れないけど。


「ですが私、今週は小聖堂のお掃除当番です」

「そうなんだ。じゃあ校門で待とうかな。卒業生だけど、もう部外者だし」

「お忘れですか?私、理事の姪ですよ」

権力をひけらかすというより茶目っ気を滲ませて栞は言う。

「学生が自由に過ごせる場所には限りがありますから」

と、私に鍵の束を見せた。

なんだか見たことのない彼女の一面だ。

鈍い色をして光る真鍮の鍵の束と彼女の得意げな顔を見比べる。

「そんなところでどうするの?」

私は彼女の風変わりな申し出を面白いと思っている。

面白いと思っている上に、レズビアンが、女、それも栞のような稀少な人に、形ばかりでも誘われて嬉しくないはずはない。

でも、違うのは彼女の姿ということだけなのだ。

女の子の望むものを与えたら、満足してひらひらと帰っていくだろう。

思春期の蜜は美しく甘い思い出だ。

それより私は約束が欲しい。

そもそも、女同士で果たされる約束などあるのだろうか。

軽くなったり、重くなったり、私は落ち着かない足どりを繰り返した。


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