第30話

昼食をとりながらの軽い世間話といった温度感だったが、俺はそれが彼女の会社であるということをすぐに悟ったし、デザイナーであればきっとそういった催しにも参加しているのだろう、というところまで思考は飛んでいた。



どんな理由をつけてその展示会に同行する権利をもぎ取ったのか、正確には覚えていないが、実際のところ不純な動機が9割だった。





普段の仕事で成果を出していたお陰か、俺の申し出はあっさりと通った。


あのときほど、仕事漬けだった自分に感謝したことはない。



アクセサリーの展示会というのは初めて訪れたが、アパレルブランドのものと雰囲気は似ているな、と感じた。


華やかそうな世界に見えて、トップを走る経営陣やデザイナーたちは、日々気の遠くなるような地道な努力を重ねている。



今回の展示会企画のチーフだという男性に、後輩と並んで挨拶をしたとき、ブースの奥の方に控えていた郁ちゃんと目が合った。




彼女は俺の姿を認めると、驚いたように一瞬目を丸くした後、いたずらっぽく微笑んだ。


後から声を掛けると、「この前のことは秘密ですよね、分かってます」と心得たように頷いていた。

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