◆第18話 容疑者について

「私たちは同じグループで特別な関係にありますので、銀花にとってよい方向に作用することを期待しています」


 黙っていたパペタ氏が落ち着いた声音で喋り出す。言っている意味はよく分からないけど続けて話をしようとする気配だ。

 彼は銀花に起こった出来事について補足する。

「記憶については一つ、考えられる理由があります。舞台で目覚めてから銀花はシグナルを失っていることを認識しました。銀花はひどく混乱していたので、私から「シグナルのことは忘れるように」と言いつけたのです」

「言ったとおりになったってこと? あなたには不思議な力でもあるの?」離々りりが尋ねる。

「いいえ、ただのパペットですから。当時、銀花は普段と違う危険な精神状態にあったので、私の言葉が意識の深くに作用した、と考えられます。だから、ゆっくり眠った翌日、銀花はほぼ普段どおりに行動できるまで回復したのです。シグナルを忘れていなければそうならなかったでしょう」

「あなたは全部知っていたってわけ?」潜めた怒りが離々の顔を染めている。

「ええ、銀花がシグナルを失くしたことは知っていました。何と申しますか、銀花とは長い付き合いがあります。また、瀕死となった銀花の代わりとなるよう、私はこれまでになく銀花の思考から離れて私自身で考えたり喋ったりできるようになりました――銀花の精神が危うい状態にあることと表裏の関係にあるのでしょう、つまり……」

 続く言葉をパペタ氏はためた。

「私は今、過去10年の中で一番、「自由」に喋っている。目的は3つあります。


 ① 銀花の混乱をなだめる

 ② 混乱を解消して元の銀花に戻す

 ③ 役割を終えて消える


ということです」


「勝手に消えないで! ずっと一緒にいて」銀花は叫んだ。

「楽しかったですね。銀花を元に戻すことが最後の役目です。最高の劇になるでしょう。銀花は楽しんでくれますね」

「そんなのは許さない。記憶なんて戻らなくていいし、今までどおりでいい。願い事もしない。パペタ氏がいなかったらダメだ」

 必至に止めようとする――けど、言いながら、このやり取りが、合宿以前のやり取りでないことを分かっている。パペタ氏は銀花の思考から離れていて、今までの一人遊びとは違う。パペタ氏との会話は本当に別の誰かと話しているみたい。だけど、パペタ氏はパペタ氏だ。では、彼がいなくなるとは?

「銀花は運がいい。私一人で問題を解決することはできなかった――問題というのはつまり、殺されかけて気がおかしくなりそうだったってことです」

 なんでもないことのように言い放つパペタ氏。

 まだ耳に彼の言葉を残らせたままの銀花にパペタ氏は続ける。

「じゃあ、4人――私も加えて4人と1匹ではじめましょう」

「何を? クマは1頭じゃない? ……そうか小さいからね」

 黙ってるメンバーも銀花と同じ疑問を抱えている。小さなパペタ氏は何をはじめようというのか?

「さっきのごっこ遊びには、実際とは違うところがありました、観ていて気付いたことです」

 つまり、と言いたそうな表情の後にパペタ氏は告げる。

「銀花を殺そうとしたのが誰か、知ってる者がいます」

 知っているって? なぜ、なんで? 誰が? 銀花の頭に疑問が木霊のように響いて返す。

「どう思います?」

 パペタ氏は短い首をねじり【彼女】に顔を向けて尋ねる。

【彼女】は黙ったまま、パペタ氏ではなく銀花を見ている。

 馬鹿げていると否定することもせず、表情も変えずに銀花を見つめている。

 何か声を掛けるか、笑い出して見せたい気持ちを銀花は押しとどめた。

 そして、ようやく【彼女】が口を開く。

「おもしろそうだから、そう思うわけを聞いてみたいね、パペタ氏」

 離々はくすっと笑う。どうして笑ってしまったのかを言い訳するように。

「本当にパペタ氏を人みたいに扱っている自分がおかしくて笑っただけ。自分自身のことを笑ったんだから気を悪くしないでね」

 優しい口調でそう言った。


 離々が犯人を知っているとは思えない――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る