◆第19話 冷たい手のひら
「七夕の放課後、銀花はいつもどおりここに来ました。翌日の合宿に備えて体育館は閉鎖され誰もいなかった」
「私は関係ないよ」
「まあまあ……、もう少しだけ。事件に関わることができる者は限られます」
「へえ、で?」
「銀花を襲った犯人は銀花を殺さなかった、銀花が気を失うまで首を絞めただけです。どうしてでしょうね」
「さあね、知らない」
「でも、
言いがかりだと銀花は思った。パペタ氏がふざけるのを止めないといけない。離々は学校に来るのは合宿が初めてだ。
「舞台に上がったことがありますね。今、私たちがいる舞台のことです」
離々が今まで言ったこと全てが本当だとは銀花も思わない。だけど、パペタ氏は続けて。
「あなたは「初めて学校に来た」ことにしたかったんだと思います――」
「ずいぶん推測混じりじゃないか名探偵さん」含み笑いをする離々。
「ルーシーロケット、ポケット失くした。
キティフィッシャー、それを見つけた。
1ペニーもないのに、リボンだけ巻かれてた
一緒に歌ってもらえますか……そうですか」断られて思案の仕草をするパペタ氏。
「離々さんはこの歌を知っているって言いましたね。正確に知っていて実際に歌える。でもねえ、知っているはずないんです」
釦の眼がぎらんと光る。
「だって、この歌詞は銀花がつけたものですから」
驚きで銀花は奇声を上げた。パペタ氏はいい加減なことを言って、銀花を本物の嘘つきにしようとしている。湧き上がる感情をパペタ氏の落ち着きのある早口が止める。
「聞いて! 銀花も。私は過去の記憶を全て手にしていますので気づけたのです。ルーシーロケットのゲームはしたのは銀花が3歳の時。園児たちにゲームをしようと持ちかけたのは保育園の先生じゃなく、ある園児の母親で英国人の女性です。銀花が忘れている出来事です」
頭の奥がひりっとしたかと思うと、浮かんできたのは赤い色の髪をした大人の女性だ。
彼女が外国語で書かれた絵本を開いて見せる。
ドレスを着た二人のイラストだ。ぼんやり立っているのがルーシーロケットで屈んで何かを拾い上げようとするのはキティフィッシャー。イラストの下には外国語が記されているのを銀花はじっと見上げている。
――ページのどこにも日本語は書かれていない。
「英国人の彼女は、歌の意味を日本語で説明してから、ゲームでは自分が知っているとおりの英語の歌をゲームに使いました」
「私は犯人を誰も当ててない?」一つずつ嘘を取り除いたら銀花には何も残らないのか。
「いいえ。銀花が
全部が嘘じゃない、本当のことが一つだけ残されていると分かって気が緩む。銀花は今なら英語で歌ったのも思い出せる気がした。でも、もう銀花にとってルーシーロケットはカタカナの「ルーシーロケット」であり、絵本にあった「Lucy Locket」とは別のものになっている。パペタ氏と何度繰り返したか分からないごっこ遊びの中、銀花は喜びを持ち続けてきたので、もう変えることはできない。
ポケットを「財布」や「かばん」にしたこともあったし、「中身はからっぽ」と歌ったこともあったかもしれない。
銀花は祈るように目をつむる。瞼の闇にパペタ氏の声が響く。
「歌を知ってるとしたら、舞台袖で銀花が歌うのを聞いていたのでしょう。私たちはだいたいいつもそうでしたし、七夕の放課後にも歌っていました」
黙っている離々の代わりに銀花が言う。
「他の日に聞いたんだよ。七夕じゃない、どの日に聞いたっていいわけだから」
パペタ氏は眼の光を強めて。
「犯人は銀花が放課後を舞台袖で過ごすことを知っていた人物ですので、銀花の歌を知っているということになります」
ゲームで犯人を当てる時みたいにすっと――パペタ氏の短い腕が離々を指した。
「離々さん、あなたは知っていることを隠している」
黙っていた離々は、ふう、と大きな息をついて。
「じゃあ、形が合うかどうか試してみようか?」
手を伸ばす。
動けずにいる銀花に近づく離々の両手。
銀花の首には絞められたアザも爪痕も残っている。
関係ないと分かっていても身体が強張る。
離々は幽霊みたいな腕を伸ばす姿勢のまま背後に回り込み、そっと、銀花の首をつかんだ――。
冷たい。
雪道を歩いてきたような手のひらだ。
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