小学生編

第2話 春ときみ

「今日からこのクラスに転校生が来ます。みんな仲良くね。じゃあ、秋本さん。前に来てください」

 4月の始まり、桜吹雪が舞う頃だった。担任のおばちゃん先生が、そう言って転校生を教壇の前に立たせる。

 ロングヘアを一つに束ね、可愛らしい洋服に身を包んだその子は、自己紹介を始めた。

「秋本光希です。よろしくお願いします」

 可愛らしい声をして、ぱっちりした二重瞼の瞳をを瞬きさせてそう言った。初めてこんなに可愛い人に出会ったと思った。

 しかし、小学五年生といえば、もう既に仲良しな人たちのグループが成立してしまっている。しかも、今年のこのクラスは、友達がが別クラスで、離れてしまった人が比較的少ない。あの子は馴染めるのだろうか、顔を見ながらそう思った記憶がある。

 そんな心配をよそに、クラスメイトの数多の質問に答え、すぐクラスに馴染んだ。その後は確か、学年便りや学校だよりなどの配布物を配ってもらったり、今後の流れの説明を聞いたりして、集団下校があった。

 住んでいる地域ごとに場所が指定されていて、私は体育館に移動した。私の所属する班を探すと、先ほどの転校生がいた。後ろに座って、私は思い切って声をかけてみた。

「秋本さん、だよね?私、江口玲。よろしくね」

 話しかけられ、彼女は振り返り笑う。

「うん、よろしくね」

彼女が振り返り笑ったとき、時空が歪むようにゆっくりと見えたのを覚えている。全ての仕草が女の子らしくて、同性だからこそ少し羨ましくも思ってしまった。

 私、この子と仲良くなれないかもしれない。私は秋本さんみたいに目も大きくないし、身長は少し大きくて男子に馬鹿にされる。ガサツって言われることも多いし。あまりに対極だ。

 そんな風に自分を卑下している間に、私たちの班は下校の準備が始まったようだった。

 体育館を出て昇降口で靴を履き、校門を出た。帰路に向かえば向かうほど、だんだんと班の列が崩れていった。みんな列の前や後ろにいる子と話をしていた。同年代の子たちと、趣味を聞いたりして親睦を深めているようだった。ずっと前を見ると、低学年の子たちが話している。高い声でけたけたと笑う声が聞こえる。

 私と秋本さんの間だけ、沈黙が流れている。ざっ、ざっとアスファルトに靴を擦らせている音がいつもより大きく聞こえた。前にいる秋本さんと何か話したい。私は学校の友達といる時の沈黙が苦手だった。何か話さないと。口を開こうとしては閉じるを繰り返した。なんでもいいから、話して、私。

「あ、秋本さん!」

 自分でも大きな声が出てびっくりする。

 秋本さんはそんな私を見て微笑みながら、なに、と答える。何を話そうか決めてなかったけど、何か話題の糸口となるようなものはないか探す。

「えっと、趣味とかあるの?」

「うーん、読書とかかな、江口さんは?」

「私も読書!何読むの?」

「SFかなあ。最近は」

「私もSF読むよ!最近何読んでるの?!」

「えっとねー、エンジェルウィスパーズ」

「私まだそれ読んでない!どんな感じ?」

「私もまだ初めの方しか読んでないけど、面白いよ!」

 きらりと目を星が宿るように光らせて喋る秋本さんの姿は、本当に可愛かった。

 班の人数が少なくなる。ぞろぞろと前にいた低学年がいなくなって、ついに二人きりになった。私の家の前に到着する。

「じゃあまた明日!」

 ふふッと笑って手を振る彼女。

「ま、またね」

 咄嗟に声が出た。先ほどの不安は、話しているうちに消えてなくなった。仲良くなれない、なんてことはなかった。だから、勇気を出してもう一回話しかける。

「あ、あの。もしよかったらこれから一緒に帰らない?」

 秋本さんはまた笑って承諾のグッドポーズをする。

「いいよ」

 私も手をグッドポーズにする。階段で急いで4階まで登って玄関のドアを鍵を差し込んで開ける。ガチャっと鍵を閉め、走ってリビングの隅の勉強机に行く。机に積んである本のうち、「エンジェルウィスパーズ」を手に取って開いた。

 目に、頭に入ってくる文字の羅列がいつもより多く思えた。今日会った隣の家のクラスメートが読んでいる本。早く読み終わらせて、また話したいと思った。内容は少し難しかったし、長かったけど三分の一くらいまで頑張って読んだ。ミュージシャンの主人公が、世の中の不条理を嘆きながらも音楽を作っていた。内容はかなり難しいし、そもそも世の中の不条理ってなんだろう。そう思って辞書を引いていたら、あっという間に日が暮れてしまった。


 小学五年生になったら、寝る前に日記を書くことを決めていた。文房具屋さんで買った、リングノートを机の上に出す。表紙は真っ黒で、中には罫線がある。普段使う学習帳とは違う、大人が使っているノートに決めた。拙い字で真新しいページに筆を執る。


 2017年4月3日(月)

 今日から初めて書きます。

 小学校5年生になって、いきなり転校生が来た。

 とてもかわいかった。目も大きくて、かわいい洋服を着てた。秋本光希ちゃん。

 まさか自分のとなりの家に引っこして来るなんて思わなかった。SFの小説が好きみたい。「エンジェルウィスパーズ」これは天使のささやきって意味らしい。

 ついでに、「不条理」これは道理に合わないこと。って書いてあった。難しい本を読んでいてすごいなと思った。早く続きを読んで、秋本さんに伝えたいな。


 書いていたらだんだんと眠くなってきた。ベットに寝転ぶと、さらに瞼が重くなる。明日はどんな1日になるかな。明日を待ち遠しく思って、眠りについた。

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