死体レンタル業
ちびまるフォイ
第1話
「おじいちゃん……安らかな最後だったんだね……」
祖父の顔はおだやかだった。
葬儀屋が2枚の契約書を持ってくる。
「ではこちらを」
「この紙は?」
「1枚が火葬許可書。もう1枚が死体レンタル許可書です。
どちらにしますか?」
「レンタル? 死体をレンタルするんですか?」
「今じゃわりとメジャーですよ。どこも人手不足ですから。
それに死体レンタルすれば、使われたぶんだけ報酬が入ります」
「壊したり、内臓取り出したりしませんか?」
「当たり前でしょう。そんな非倫理的なことはしません」
「それじゃ……火葬するのはもったいないですね」
レンタル許可書にサインをした。
これにより祖父の死体はレンタルできるようになった。
最初の現場は介護施設だった。
「では、お風呂の実習に入ります。
今回はこちらに死体を提供いただきました」
実習生は安らかな祖父の死体を使って必死にお風呂の介護を行う。
人形とはまるで違う生身の人間の質感。
それに重量は人形での実習とはまるで違う。
「先生、これ……しんどいですねっ……」
「死体を扱うと人間の体がどれだけ重いかわかるでしょう?
けして死体を傷つけないように!」
介護施設からレンタル料の報酬が振り込まれる。
けっこうな金額が一度に手に入る。
「ああ、おじいちゃんありがとう!
遺産はもらえなかったけど、これがある意味分割でもらえる遺産なんだね!」
自分の中の倫理観による自罰感情が芽生えないよう。
そういうことで自分を納得させた。
レンタルの依頼は止まらない。
「このライブ会場に祖父を?」
「ええ。客席に座らせるだけでいいんです」
「死体を客席に座らせるって……なんのために?」
「アーティストのためですよ」
「はあ」
「実はチケット全然売れて無くて……。
すっかすかの客席を見たらアーティストも萎えるでしょう?
費用はライブハウス持ちにするんで、死体を座らせてください」
「全然だいじょうぶです!」
ライブ会場に祖父を座らせてサクラにする。
生前はライブ会場なんて行く選択肢すらなかっただろう。
ライブが始まる。
「今日も満席!! イエーー!!」
アーティストは人で埋め尽くされた会場に安心し、
最高のパフォーマンスをしてくれた。
後日、ライブ会場からはレンタル料が支払われる。
「おじいちゃんありがとう!!!」
その後も災害現場の救助活動や、
交通学習のためなどにもレンタルの幅を広げた。
そんな中でも珍しい依頼がきた。
死体をタクシーに乗せて現場に向かう。
「ここが映画スタジオ……」
初めて見る映画の撮影スタジオに圧倒される。
「あ、死体レンタルの方?」
「はい。祖父の死体を映画に使いたいと聞いて」
「ですです。死体としてエキストラ参加してほしくて」
「普通の人間を雇えば?」
「いやいや。生きてる人間だと欲をかいて、
エキストラのくせに前に出ようとしたりするから
コントロールできないんですよ」
「そんなもんなんですか」
「その点、死体なら静かだし、どんな格好も文句言わない。
生身の人間を雇うよりもリーズナブル。
こんないい人材もとい死材はないですよ」
「よかったね、おじいちゃん」
今回の映画は時代劇ものらしく、死体には着物が着せられた。
団子屋のベンチで座らせて団子を持たされ撮影開始。
「はいカーーーット!!! いいねぇ! そこの死体!!!」
監督にもいたく気に入られた。
それからしばらくしてから映画は公開された。
もうすっかり映画の撮影をしたことすら忘れていた。
思い出したのは問い合わせが相次いだからだった。
「あの映画に出ている俳優さんですか!?」
「団子屋の人ですか!!」
「ここにいるんですよね!?」
「えええ!?」
時代劇の映画は大ヒットしたらしい。
そのうち団子屋のシーンはとくに印象的らしく、
エキストラの死体に特に注目された。
あの穏やかで安らかな顔をした俳優は誰か、と。
死体であることを明かすとがっかりされると思ったが、
隠し通せる気もないのでおおっぴらに話した。
結果はむしろ真逆にころんだ。
「ぜひうちの映画に出てください!!!」
「うちのドラマの主演に!!」
「ワタシのハリウッド映画に出てクダサーーイ!!」
オファーが爆発。
祖父の死体は突如、人気俳優として地位を確立させた。
祖父が主演をつとめる映画を見に行くと、
最後のスタッフロールで一番大きく名前が表示された。
「すごい……!! おじいちゃん大出世だ……!」
もはや何桁なのかわからない金額が振り込まれる。
そのお金でブランドの式典用の服を買ってしまった。
数日後に控えた映画大賞へ参加するため。
「では、今年の助演男優賞は……」
金の像を握った司会者がおもわせぶりに溜める。
そしてーー。
「助演男優賞は!! 死体のキヨシさん!!」
拍手が送られる。
タキシード姿のおじいちゃんにスポットライトが当たる。
死体を持ち上げて壇上へ運ぶ。
しゃべれない祖父の代わりにマイクが向けられた。
「ありがとうございます……!
こんな名誉ある賞をいただけて!
天国の祖父もきっと喜んでいます!!」
受賞をきっかけに国内外のオファーもますます増えた。
海外の映画に出たときはAI技術で祖父を喋らせたり蘇らせたり好き放題。
祖父のファンは狂喜乱舞したらしい。
やがて私の四畳半の貧乏アパートは、
天空の豪邸へと引っ越しをし毎日バラのお風呂に浸かりながら
家族よりも多いお手伝いさんに背中を洗わせていた。
「おじいちゃん! 最高の遺産をありがとう! 死体ばんざい!!」
ある日のこと、そんな豪邸にやってきたのは
死神よりも黒いスーツを来た男だった。
「あの何か?」
「〇〇さん、あなたに労働局から是正勧告が出ています。
あまりに働きすぎです」
「はい? 働き過ぎ? ちゃんと週末は休んでますよ」
「あなたじゃありません。そちらの死体です」
「祖父が? 働き過ぎ!?」
そのバカみたいな苦情に思わず笑ってしまった。
「いやいや、祖父は死んでるんですよ。
昼夜かまわずあっちこっち働かせても問題ないでしょう?」
「それが問題だと労働局に苦情が来たので、
今我々がここにいるんです」
「あっははは。死体は法律上はモノとして扱われます。
冷蔵庫に働かせ過ぎと休暇あたえますか?
タンスをねぎらって休ませますか?」
「あなたの祖父でしょう!?」
「だからこそですよ。きっと祖父も働きたいはずです。
この先もたくさんの映画の撮影が控えているんです。
クソみたいな苦情で時間を使うつもりはないです」
「あちょっと! どこへ!?」
「失礼。次の現場があるので」
プライベートヘリで次の撮影現場に向かった。
ついに映画の撮影もクライマックスだという。
「キヨシさん、スタジオ入られました!!」
ADの声とともに祖父のスタジオ入りが祝福される。
監督がやってきて熱い思いを伝える。
「この映画は人気俳優キヨシさんを元にした
フィクション・ドキュメンタリーなんです!
きっとファンは映画館に列をなすでしょう!」
「今や祖父は大人気俳優ですからね」
「しかも、この映画はキヨシさんだけじゃないんです!
ファンが喜ぶサプライズがあるんです!」
「ほう。それはどんな?」
「家族出演ですよ! あのキヨシさんと、その孫のあなたも出るんです!!」
「え!! いいんですか!!」
「もちろん! 間違いなくファンは喜びます。
キヨシさんの孫の存在は知られていましたが、
銀幕にデビューするのはこの映画が初めてですから」
「えええ! うれしい! でも演技経験ないですよ?」
「そんなのどうとでもなります!」
「それにこの映画の撮影、かなり過酷なんでしょう?
私みたいな貧弱もやし体質でこなせるか……」
「それも一切問題ありません! すべてクリアです!」
「それならぜひ!! ぜひやらせてください!!」
「ああ、よかった! オファーを受けてくれて!!
それじゃさっそく準備しますね!」
契約書にサインをすると、監督が合図を出した。
ADが大きなカプセルのようなものを運んでくる。
「これは? 酸素カプセルか何かですか?」
「いいえ。毒ガスカプセルです」
「は?」
「ここに入ってください」
「え゛?」
「大丈夫。死は一瞬です。それに体も腐りません!
それにさっき契約してくれたじゃないですか!」
「映画の出演ですよね!? そのまま出せばいいじゃないですか!
どうして殺そうとするんです!?」
その疑問。
監督はさも当たり前だというように答えた。
「だって普通の人間よりも、死体のほうが扱いやすいんですもん」
その後、自分の死体が馬車馬のように働かされているのを
天国の雲の上からじっと眺めることとなった。
死体レンタル業 ちびまるフォイ @firestorage
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