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 道路は傾斜をなくしてゆき、眺望とひきかえに海面がせまってくる。

 もうブナは見当たらない。針葉樹もまばらになって集落もめだってきた。

 直進すれば十六羅漢岩、海岸の岩場の石を昔の偉い坊さんが身銭を切って、漁師たちの護り仏像に造成したのだという。歴史のあるスポットだ。その前に旧道が走っている。


 旧道にはいるところで、先行するドゥカティがウィンカーをだした。

 国道沿いにドライブインがある。

 その駐車場に並んでバイクを停めた。

 俺の目は真横に停まったマシンの、流麗なフォルムに吸いよせられていた。

 驚いたことに、マシンを降りヘルメットをとったライダーは女だった。

 二十歳の俺より十歳以上上にみえた。おばさんなんて言ったらまずいが、この時かなり年上の印象をいだいていた。

 向こうは向こうでヘルメットをとった俺と、俺のバイクを見くらべて妙な顔をしている。吹き出すのを堪えている…のか?

「これは何なの?」

 俺は女の視線の先にいる、俺のアイドルを紹介した

だ」

 好きなアニメキャラのステッカーを燃料タンクに貼り付けていた。

 イタ車の先駆みたいなものだ。


「そんな胸はって言うこと? そこは恥ずかしがるところでは」

 彼女もときどき呆れているが、趣味をつらぬいてこそ本物……まぁ現在所有しているフランスの希少スポーツカーにもその痛い拘りがないとはいえない……。


 年上の女は笑いだしはしなかった。ミンキーモモのステッカーから俺に視線を向け直した。ドゥカティの女が、魔法のプリンセスを知っていたかどうかはこのさい問題じゃない。そのとき小柄で痩せっぽちの俺を未成年……下手するとまだ高校生に見なしたのかもしれない。後で考えてみると。


 互いに自己紹介なんてしていない、本名も、職業もだ。

 ブルーラインで往きあい競い合って走った、それだけの間柄だ。


 なのに別れがたい気分が、俺には合った。たぶん彼女のほうにもあったんだろう。

 俺たちは一緒にドライブインに入って、彼女はキツネうどんかなんかを注文し、俺にカツカレーをおごってくれた。

 ドライブインのメニューの味なんてだいたい同じだが、食い終わった後の一服はいつも以上にうまかった。

 喫煙する俺に彼女は目くじらをたてはしなかった。

 俺はカレーのお礼のつもりで、

「吸いますか?」

 セブンスターを、彼女もうまそうに吸った。

 真紅のドゥカティの女に、化粧っけはほとんどなかった。テーブルをはさんで眺めてもふつうの三十女だった。美人でもブスでもないと思った。髪をすこし赤く染めていた。

 当時ドゥカティは平行輸入で200万は下らなかっただろう。女の身でこんな大型バイクを駈って峠を疾走する。どんな職業の、どういう人種なんだろう? 素っカタギとは思えなかった。

 

 吸い込んだ煙を吐きだして、彼女のほうが訊いてきた。

「いくつなの?」

 マスカラをしていない目が大きくなった。

 やはりもっと若くみられていたのだ。

「……大学生かあ」

 俺はうなずいた。

「ここには、よく走りにくる?」

「ときどき」

 俺の口数は多くはなかった。二十歳だったのだ。昔のネタをしゃべり倒すようになったのは、webに小説を発表しているという現在いまの彼女に出逢ってからだ。

「よく、走ったね」

 彼女はそう言うと俺にほほ笑んだ。

 その瞬間、俺は魔法で猫にかえられ、小さくなった頭を後頭部に向けなでられた、そんな気分になった。


(ピピルマ ピピルマ プリリンパ パパレホ……)


 アニメのヒロインが唱える呪文を、胸のおくでつぶやいた。

「今、なにか言った?」

 女の問いに、俺は答えず眼鏡の奥で目をほそめた。

 猫が飼い主に見せる表情……。

 ふしぎと快い、満足感に満たされていた。



 ブルーラインでオレを敗かせた、真紅のドゥカティの女。




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