10 秋陽
突き抜けて空が高く、冬が訪れる気配がほんの微かに滲む
イサミ、カシグネ、ヤムイの三人は放課後に集落の西の境界付近まで足を伸ばして、川辺に下りた。陽光を反射して瑠璃色に煌めく川面で川魚が跳ね、しぶきを散らした。穏やかな風が吹き抜けて、カシグネの柔らかな髪を揺らしていった。
足元に転がる灰色の石の中から、誰ともなしに手ごろな物を選んで拾い上げ、川に投げて水切りを始めた。
ヤムイは長身を器用に折りたたんで腕を振って石を投げたが、良くてほんの数回だけ跳ねるのがやっとだった。カシグネは石を投げるだけで精いっぱいで、石を放るたびに水を打つ鈍い音が響いた。イサミが投げる石は対照的に、低い軌道で水面を何度も跳ねて、向こう岸まで届きそうな勢いだった。けれど、何回投げ込んでも石は川の途中で息絶え、姿を消して見えなくなった。
「川はどこに辿り着くんだろう?」大きな岩に腰を下ろして、カシグネが呟いた。
「街を通り抜けて、やがて海に行き着くよ」ヤムイも座った。「高いところから低いところに流れていく」
「川の流れと一緒に、行けるところまで行ってみたい」
「気持ちはなんとなくわかる」川に石を投げながらイサミが言った。「おまえはどうなんだ? ヤムイ。タツリカから出て行きたいって思うか?」
「考えるだけ無駄だよ」ヤムイは長い脚を身体に寄せた。「そんなの、おふくろが許さないよ」
「それもそうだな」
「イサミ君はどうなの?」カシグネは小首をかしげて尋ねた。
「わかんないな。全然イメージできないんだ、タツリカから出るってことが」
カシグネは曖昧に笑った。「わたしは出てみたいな」
三人は川に石を投げるのにも飽きると、斜面を上り、家々が集まる集落の中心へ向かった。沈み始めた太陽から、茜色が薄く山々に溶けていた。鳥の群れが空を横断していった。
途中で三人は、イサミの叔父が一人でひっそりと営む、洋菓子店に立ち寄ることにした。細い土道へ折れてしばらく進むと、草木が鬱蒼と繁茂する奥まった場所に突き当り、店に到着した。くすんだ灰色のブロック塀が敷地をぐるりと取り囲み、つる草が塀の上半分ほどを覆っている。塀の向こうに、店と工場と住居をひとまとめにした、木造の古びた建物が覗く。
水はけが悪い敷地に三人は足を踏み入れる。一列に並んで濃い泥の上をそっと歩く。硝子の引き戸を開け、戸口の暖簾をくぐる。パイプチャイムがソプラノの音を奏でる。狭い店内には、正面と右手の壁際に小さなショーケースが二つ、L字型に設置されている。中央の隙間に置かれた台の上に、焼き菓子がいくつか並んでいる。店内に人影はなかった。
「ハジロ叔父さん」イサミはショーケースの隙間を通り抜けて、工場へと続く扉を開いて言った。「客だよ」
くぐもった返事が奥の方で響いてから、サンダルを床に擦る音が近づいてきた。
「お待たせ」水色の太いストライプ柄のエプロンで手をふきながら、ハジロがやって来た。「イサミ君、一人かい?」
「友達と一緒だよ」
イサミの後ろに立つ二人をハジロは見た。カシグネを目に留めると、彼の唇が微かに動いた。
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