9 懲役生活を終えたばかりの囚人さながら
しばらくするとカシグネが教室に戻ってきて、すぐあとに担任もやって来た。
「収穫が終わったのか?」担任はイサミに尋ねた。
「はい」
「ご苦労さん」
形式的で事務的なホームルームが行われてから、授業が始まった。担任は長く休んでいたイサミに若干の配慮をみせて、補足を述べたり、あるいは教科書をほんの少しだけ遡り、目を通しておくべき要点に軽く触れながら授業を進めた。その甲斐あって、イサミは久しぶりの授業にもなんとかついていけた。
だが、少し前に学校に戻ったはずのカシグネは、ただひたすら機械的に、無心で板書をノートに書き写す作業に専念しているようだった。
給食の時間がやってきて、空になった食器類を各々で片づけ終え、なんとなく宙に浮いた昼休みの終わりごろ、前触れもなく教室の戸が開いた。なにかがあって担任がやって来たのだと三人は思い、一斉に入口を見た。視線の先にいたのは担任ではなく、ヤムイだった。彼は細長い身体を後ろに反って胸を張り、教室の中に入ってきた。
「久しぶり」ヤムイは細い顎を突き出して、照れくさそうに笑顔で言った。
「ようやく来れたか」座ったままトイタが言った。
席から立ち上がってイサミが言った。「何か月ぶりだ?」
「三か月ぶりか?」懲役生活を終えたばかりの囚人さながら、しみじみとヤムイは言った。「知ってるだろうけど、浄化槽の仕事がなくなっちゃってさ」
「少しは落ち着いたのか?」トイタが訊く。
「まだまだだよ。これからなにをすればいいか、なかなか決まらなくてさ」ヤムイは肩かけ鞄を机に下ろしながら言った。「いままでにない仕事をするべきだって、おふくろが譲らないんだけどさ。でもそんなのって、なかなかないだろ? 時間をかけてずっと家族で話し合ってるんだけど、全然まとまらないんだ。だから、もう学校に行こうと思って」
「次の仕事も、おふくろさんが中心になってやるのか? 浄化槽のときみたいに」
「おふくろは、やる気満々だよ。はりきっちゃってさ」
「おまえのおふくろさんは、やり手だもんな」トイタは左頬を吊り上げる。「旦那を尻に敷いて、自ら事業を興して、郡の議員にまで立候補してな。そうそうできることじゃない。これからもなにをやってくれるのか、俺は楽しみにしてるぜ」
ヤムイが「ああ」と言って頷くと、担任が教室に入ってきた。
「おお、ヤムイ、学校に来れるようになったのか」
「はい」
「大変だと思うけど、負けるんじゃないぞ。まあ、おまえのお母さんはパワフルだから、大丈夫だ」
「ありがとうございます」
そこでタイミングよくチャイムが鳴って、再び授業が始まった。イサミはかろうじて授業についていき、カシグネは未知の呪文と変わりないであろう意味不明な板書をノートに書き写し、ヤムイは心ここにあらずといった感じで教科書すらもろくに開かずに、トイタは授業とは関係がない問題集をいつも通りひたすら解き続けた。
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