第4話
窓際の茶色系男と雑談してから二週間。それ以降、また話しなどは特にしなかった。たまに目が合った時は互いに軽く礼を返す仲にはなっていたが、あれ以来話していなかった。
男性へ話しかけようと思っても周りに人がいる時に話しかけるのはやはり気まずいものがあり、章は話しかけられずにいた。誰もいなくなったタイミングを見計らって喋ろうと思っていても人はいなくならず、章はタイミングを掴めずだった。
本日もオフィス内は章と窓際の男性以外に、三人の人がパソコンを開いて仕事を行っていた。
章もなくなりかけている歯磨き粉のチューブから歯磨き粉を捻り出すかの如く、集中力を捻じり出してパソコンへ向かっていた。何とか捻じり出していた集中力も、午後三時を回ればもう出ないとばかりに章の脳内から消失した。それを合図にして、今日はここまでもう頑張ったからいいやと章は仕事に見切りをつけた。
飽きた。皆よく頑張るよなー、と章はオフィス内を見回し熱心にパソコンやら資料を見ている人達の観察を緩やかに始める。
ふと、窓際にいるいつもの茶色系彼に視線を送れば、彼もいつものように読書をしていた。だが、その背中をボーッと見ていると頭が僅かにコクリコクリと揺れているのに章は気付く。読書に疲れたのかまどろみと現実の間を頑張って行き来していた。
男性の先の窓から映る青空を章は見る。こんなに天気も良いのにここで皆して仲良く閉じこもっていれば、寝てしまいたくなるのは分かると勝手に同調する。顧客先か会社から電話が来るかもしれない心配がなければ外に出て、散歩か漫画喫茶でも行きたいと章は夢想した。
夢想、妄想、現実逃避、そしてちょっとした仕事を十八時まで章は繰り返し、十八時になったと同時に片付けの準備を早々に始めた。
素早く片付け、素早く席を立ち、これまた素早く歩き出した所で窓際の席の下にペンが落ちていることに気付く。近寄って拾い上げると、回転式の二色ボールペンだった。
いつもここに座っている男性の物であろう。茶色でステンレス製の高級感ある見た目からそう確信した。
次に見た時にでも男性へ渡そうと章はカバンの中へとしまい込み、さっさとその場を離れて帰宅した。
翌週の水曜日、章はシェアオフィス内のいつもの指定場所へ座った時、窓際にいつもの茶色い系統の身なりをした人の存在に気付いた。
忘れないうちに返しとこうと章は立ち上がって、窓際の指定場所に座っている男性へと向かった。
「おはようございます」
大きな声にならないよう声を潜めつつ、茶色のタートルネックの背中に投げかける。
手帳を見ていた彼が振り向いたのと同時に持っているペンを差し出した。
「先週の木曜日帰る時に拾ったんですけど、これって落としましたかね?」
男性はペンを見、章の顔を見た。
「あ、そうです。私のです、ありがとうございます。どこで落としたか分からなかったんですよ」
ペンを受け取りつつ、微笑した目元を章へと向ける。
「いえ、今日もお互い頑張りましょう」
「ええ、そうですね」
相手へ同様に微笑み返し、章は自席へと戻った。
本日もいつもと同様の仕事具合だった。夢の中にいるようなしっかりと働かない頭で、ただただ時間だけが過ぎてゆくのを章は体感していた。
十七時半を過ぎた所で、あと少しで帰れるなと章は浮き足始める。切りが良さそうな所まで進めて後は終わりにしようとぼちぼちと作業を進めていると、ふと人影が前に立った。
章が顔を上げると、窓際にいつもいる男性だった。見下ろす格好で章へと言葉を投げかけた。
「お疲れ様です。お仕事は何時までなんですか?」
「お疲れ様です。俺は六時までです。もうお帰りで?」
「ええ、もう業務時間は終わりましたので」
良いですね、と章が儀礼的に返すと男性は声を潜めて応答する。
「良かったらさっきのお礼として、この後一杯奢らせて下さい」
章は驚き目を見開く。
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