第3話
「シェアオフィス制度を我が社は導入してますって社のホームページやビジネス雑誌の取材で宣伝しちゃったみたいで。コロナ禍であっても顧客サポートを万全に出来るよう常にスタッフは動けるようにしてますって、アピールしちゃったんで……」
「ああ、なるほど」と男性は小さく頷く。
「シェアオフィスの契約を年間でしてしまったのもあって、解約ももう出来ないので誰かしら一人は毎日ここを使用してるような状況です。それで俺は週二で来てるんです」
章は肩をすくめ、話を続ける。
「顧客から呼び出しがかかったとしても移動時間なんて会社からとほとんど変わらない距離なんですよね。むしろ会社の最寄り駅からここが七駅も離れてるんで、顧客先の場所によってはもっと時間がかかることもあるんですよねー」
それに、顧客先に行くことがあって対応業務を行ったら、必ず社に戻って上長への報告と報告書類を物理的に作らないといけない。結局は感染対策の意味はないんだと毒づこうと思うも、あまり会社のことを話し過ぎるのは良くないなと章は自重し、思ったその言葉は飲み込んだ。
「それは大変そうですね。まあすぐに会社の業務方針を変えるのは、今のコロナ禍だと大変ですしね」
苦笑しつつ男性は章に同感した。
「そちらはここには毎日来てるんですか? 俺がここ来る時、多分毎回いますよね?」
茶色い系男を意識して二ヶ月程。水曜と木曜にほぼ毎回彼を見ていたことを思い出し、伝える。
「私は月、水、木とここを利用してますね。火、金は家で仕事をしてます」
「え、会社への出社は?」
「出勤するのは稀ですね。必要最低限の時しか出勤しないよう言われてるんで」
「あー、そうなんですね。同じようにやっぱりシェアオフィスを使うよう言われてるんですか?」
「いえ、シェアオフィスの利用は自由です。福利厚生の一部みたいなものなんで、強制ではないですね」
男性に妙な親近感を抱いていたが、章の思いはすぐに打ち消された。
「じゃあ、何で週三でここに来てるんですか?」
「ずっと家で仕事していると息が詰まってしまうんで、気分転換ですね。メリハリをつけるために使ってます。やっぱり外の空気に触れて歩くのはちょっとした運動としても良いので」
彼は純粋に何の悪意もなく真面目に答えた。
「あ、そうなんですね。メリハリですか」
至極真っ当な回答。男性がシェアオフィスの本来あるべき使い方をしっかりと活用していることに章は気圧される。当然というかこれが普通かと章は思い直す。
「まあこれが普通の使い方ですよね。自由に使えるなんて羨ましいです」
相手を立てるためというか、素直に羨ましくて章は褒める。
「いえいえ、外資系企業なんで妙な所で自由が効くんですよ。保険業ですが事務職で、現場とは業務体制が違うのでちょっと申し訳なく思うこともありますが」
外資系企業。エリートじゃないか。
章の目に尊敬にも似た好奇心が宿る。
「外資系企業! 凄いじゃないですか。何とも羨ましい限りです」
男性の仕事内容も何の会社なのかも一つも分からないのに、章は外資系企業という言葉だけで、勝手に華やかな想像を脳内で膨らませる。
「いやいや、結構大変ですよ。実力主義というか、能力と結果が常に求められてるんで。自由度が高い分、それ相応の結果も求められますし……」
相手の話を上の空で聞き流しつつ、腕に付けている茶色の腕時計を見ながら鷹揚に章は頷いた。見るからに高級そうな腕時計に目を取られ、いいなーと章は内心で思い続けた。
「やることをやっていればちゃんと評価はしてもらえるので、そこはありがたい所ですね。なので早めに仕事を終えたのなら、夕方頃から読書をしたとしても問題ないんです」
話の途中から意識を男性へと章は急いで戻した。
「読書してたのもそういう訳ですか。成程、自由度が高いのは良いですね」
もっと色々と男性から話を聞いてみたいと章は思うも、席を外していた中年男性が室内に戻ってくるのが章の目に入った。
このまま長話するのはよくなさそうだと思い、章は椅子に座ったまま男性から後ずさり始める。
「そろそろ自分も戻ります、失礼しました」
「いえいえ、こちらも良い気分転換になりましたので」
「それじゃあ、失礼します」
男性はそれに答えるように軽く礼をした。章も同様に礼を返すとすぐに座ったまま足だけを動かし、椅子を滑らせて元の席へ戻った。
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