第9話 恋の手ほどき #3

「1か月が経ち、お約束通り結果をレポートさせていただきたいのですが。」と、マサヒロはエミにLINEを送った。


エミ:「明後日の17:00なら大丈夫。」


マサヒロ:「では、明後日の17:00に、前回と同じカフェでお願いします。」


エミ:「前回と同じところじゃイヤだ。もっとお洒落なところがいい。」


「めんどくさいな……」と思いつつ、これからがレッスンの本番で、マサヒロが教えを乞う立場なので、エミに逆らえるはずがない。


マサヒロ:「純喫茶、レトロ、モダン、高級志向、どれがお好みでしょうか?」


エミ:「純喫茶。」


マサヒロはいくつか候補をLINEで送った。


エミ:「上から2つ目のやつ。」


マサヒロ:「承知しました。では、明後日の17:00にこのカフェでお願いします。」


エミ:「OK。」



マサヒロがカフェに着くと、エミはすでに席に着いてコーヒーを飲んでいた。髪を染めなおしたらしく、印象が以前より明るくなっているように感じる。


エミ:「やっほー。」


マサヒロ:「こんにちは。」


エミ:「髪、ちょっと伸びていい感じじゃん。襟付きシャツにジャケットまで羽織って…、おっしゃれ~。」


マサヒロ:「ありがとうございます。」


エミ:「んで、結果はどう?」


マサヒロ:「はい、言われた通りにしてみました。顔は認識してもらえたと思います。」


エミ:「週2回も通ってたら、顔を覚えてもらえるのは当たり前でしょ。聞きたいのは、“相手があなたをどう思ってそうか”ってこと。」


「え、そーなの!?」とマサヒロは少し驚いた。


そこまで具体的な指示はなかったような気がしていて、何も考えず通っていただけなのでエミの問いにすぐさま答えられず、町中華に通っていた時の状況を思い返した。


マサヒロ:「こちらが笑顔を向けると、向こうも笑顔で返してくれるようになったので、少なくとも嫌われてはいないと思います。」


根拠はない。まったくの希望的観測である。


エミ:「ふーん。ちょっと、その笑顔、やってみて。」


「え、今ここで!?」と思ったが、鏡の前で必死に練習した"自然な笑顔"を表情に出してみた。」


エミ:「……」


マサヒロ:「あの……?」


そんな長時間、笑顔を継続させたことはないため、顔が引きつり始めた。


エミ:「...いいんじゃない。でも、その笑顔、他の女の子には、むやみに使わないように。」


マサヒロ:「なぜ...?」


エミ:「勘違いして、あなたにその気になっちゃうから。」


「これは、最大級の賛辞と受け取っていいのだろうか?」とマサヒロは思いながら、「分かりました。ありがとうございます。」と"笑顔"でお礼を言った。




マサヒロ:「で、次にどうすればよいでしょうか?」


ここからが今回の本題で、マサヒロは必死である。


エミ:「"声をかけて、デートに誘う"だね。」


そんなことは分かっちゃいるが、それが難しいので相談しているのである。


マサヒロ:「声をかけるって、どのタイミングで、何を話せばよいのでしょうか?」


エミ:「はあ、本当に同じ大学の理系かい? うちの大学、そこそこ偏差値高いはずだよ? しかも理系なら、論理的に考えたら分かるもんでしょ。ったく、全くの恋愛ド素人だな。」


「こんなこと言われて腹が立つかと思いきや、綺麗な人にバッサリ論破されるのは、なんだか気持ちがいいものである。自分には、実は“まぞっけ”があるのかもしれない」とマサヒロは思った。


エミ:「タイミングはもう、2つしかなくて、注文をオーダーするときか、お金を支払うとき。どっちが話しかけるタイミングとして適切だと思う?」


マサヒロ:「支払い時です。」


エミ:「そーでしょ。」


マサヒロ:「でも、何を話せばよいのでしょうか?」


ここが一番の難題である。


エミ:「人は、どんなことを話しかけられたとき、その人と話したくなると思う?」


マサヒロは必死に考えた。


マサヒロ:「その人が興味があることです。」


エミ:「そー、それ。君が私に最初にしたことと一緒だよ。」


「あれ? エミと最初、何をしゃべったっけ? なんか、ディスり合いから始まったような……」と考えていると、話しかけるネタが思いついた。


マサヒロ:「その子、奈良美智のピンバッチをTシャツに着けてます。」


エミ:「それだ!そこから話を膨らませろ。」


マサヒロ:「...あの、奈良美智って分かります?」


エミ:「知ってるよ。"不機嫌な子供"を描いている人でしょ。」


マサヒロは驚愕した。奈良美智は美術界隈では有名だが、美術に興味のない人は知らないことが多い。


医学部に通う才女で、さらに美術にまで詳しい女性って...


マサヒロ:「な、なぜ、ご存知なのでしょうか?」


エミ:「青森の美術館の建築は有名だからね。」


「ああ、そうか。エミと会話らしい会話をしたのは、安藤忠雄からだったな。このまま、青森の美術館の建築に関して話を聞きたいなぁ」と思ったが、それは我慢し、本題に話を戻した。



マサヒロ:「あの、いきなり話しかけるのは恥ずかしいので、マッチングアプリに登録してないか調べて、あったらそこから連絡を取るのはダメでしょうか?」


エミが物凄く怖い顔になった。美しい人からの厳しい目線は、心のえぐり方が半端ないが、ある意味、快楽である。


エミ:「絶対ダメ! ストーカーみたいでキモいから。」


マサヒロ:「はい、すいません。きちんと対面で話しかけます。」


マサヒロは"笑顔"で答えた。


エミ:「じゃあ、いつ声かけるの?」


いざ迫られると、プレッシャーがえげつない。「今すぐ」と言いたいところだが、そんな勇気はまだない。


マサヒロ:「に、二週間以内に。」


エミ:「じゃあ、二週間後にまた結果をレポートして。」


マサヒロ:「分かりました。」


マサヒロ:「ちなみに、デートに誘って断られたら……?」


エミ:「そりゃ、あきらめるしかないね。理由は、彼氏がいるか、あなたに魅力を感じなかったか。第一印象が覆る可能性はかなり低いので、断られたら素直に引いた方がいいよ。しつこいと余計嫌われるしね。」


マサヒロ:「そーですよね。」


結果、エミからの助言としては、

"諸条件は整った。よってデートに誘え。断られたらあきらめろ。"

と非常に単純明快である。


あまりにも簡潔すぎて、これでエミとの会話が終わってしまうことに、なんだか物足りなさを感じ、マサヒロはもう少しだけ質問することにした。


マサヒロ:「あのー、彼氏さんとは最近いかがでしょうか?」


エミ:「なんでそんなこと、あなたに言わなきゃいけないの!」


と、マサヒロは、予想通りのお怒りの反応をいただき、なぜかうれしくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る