第10話 恋の手ほどき #4
マサヒロは前回とは異なる、ミッドセンチュリーのお洒落な家具で構成されたカフェでエミを待っている。
マサヒロにしては珍しく、気持ちが逸っている。一刻も早くエミに状況を報告し、今後の指示を仰ぎたい。
エミ:「やっほー。今回はお洒落なとこだね~。椅子、全部イームズじゃん。」
マサヒロ:「はい。」
エミ:「イームズってさ、なんだかんだ言ってアームシェルチェアが最高だと思わない? やっぱ椅子って、ひじ掛けがあるかないかでリラックス感が全然違うんだよね~。」
マサヒロ:「椅子って、やっぱり建築的には設計のしがいがある家具なんですよね?」
エミ:「そーそー。“座る”って、一見シンプルな行為に見えて、実はすごく複雑なの。身体の接地面が多いから、考えなきゃいけないことがたくさんあって……」
マサヒロ:「なるほど……椅子って、奥が深いんですね。ちなみに、いろんな椅子を座り比べできるおすすめの場所ってありますか? 高級家具店だと緊張しちゃって。」
エミ:「東京国立博物館がおすすめ。あそこ、実はすごい椅子がいっぱいあるんだよね~。」
「東京国立博物館の法隆寺宝物館って、確かコルビュジエのソファが……」と言いかけて、マサヒロは口をつぐんだ。
いかん、いつもの癖でマッサージが出てしまったが、違う、ここでエミと話さなければいけないのは、前回からの進捗と今後についてだ。
マサヒロ:「あの……前回の進捗を報告させていただきたいのですが。」
エミ:「ああ、そうだったね。で、どうだったの?」
マサヒロ:「ありがとうございます! おかげさまで、無事デートに誘うことができました!」
エミ:「ふーん。」
喜んでもらえるかと思ったが、おもったほど気のない返答である。
エミ:「じゃあ、私はお役御免だね。あとは頑張って。」
マサヒロ:「ちょ、ちょっと待ってください! ここからどうすればいいのか、分からないんです。」
エミ:「はあ……女の子とデートしたことないの?」
マサヒロ:「いや、あるっちゃあるんですが、自分から主導したことはなくて……」
エミは深いため息をついた。
エミ:「で、何を聞きたいの?」
マサヒロ:「デートって……どうすればいいんでしょうか?」
エミはさらに深いため息をついた。
エミ:「質問がざっくりすぎて、答える気が失せるんだけど……」
エミの機嫌が妙に悪い。しかも、さっきまで椅子の話でご機嫌だったのに、急に。
マサヒロ:「あの、たいそうご機嫌おななめに見えるのですが……自分、何かやらかしましたか?」
エミ:「別に、機嫌は悪くないよ。」
エミはそういいながら、自身が機嫌が悪くなった理由はなんとなく認識している。この子猫ちゃんの外見は自分の理想にだいぶ近づいてきたが、中身がまるで追いついていない。そこが、なんとも歯がゆいのだ。
エミ:「じゃあ、デートに誘えた経緯を教えて。」
マサヒロ:「言われた通り、会計のときに奈良美智のピンバッジに笑顔で触れてみたんです。“奈良美智、お好きなんですね”って。そしたら、“そうなんです”って、彼女も笑顔で……」
完全にのろけている。エミはなんだか無性に腹が立ってきた。
エミ:「で?」
マサヒロ:「原宿のBLUMというギャラリーでちょうど奈良美智の個展をやってるって話して、“一緒に行きませんか?”って誘ったら、OKもらえて。LINEも交換できたんですよ。知らない女性を誘うなんて初めてだったので、めちゃくちゃドキドキしました。」
まあ、私が仕込んだその服装と笑顔なら、上手くいくだろう。そもそも、そんな声かけでうまくいく確率なんて、かなり低いってこと分かってる? 成功したの、誰のおかげだと思ってるの?、とエミは心の中でつぶやいた。
エミ:「よかったじゃん。で、LINEで日取りは決めたの?」
マサヒロ:「いや、まだLINEしてないです。」
はあ……結局、LINE交換できただけで、はしゃいでるだけじゃない。中学生じゃなんだから。
エミ:「じゃあ、あとはLINEすればいいだけじゃん。」
マサヒロ:「どうLINEすればいいのか分からなくて……」
エミ:「日程の候補を出せばいいだけじゃん。」
マサヒロ:「そうなんですけど……ギャラリーのあと、どこに行くかとかも決めたほうがいいのかなって。」
エミは心が折れそうになった。まるで子ども相手である。なんで、私こんな奴の面倒見てるんだっけ……?
いや、今はまだ我慢だ。こいつののみ込みは異常に早い。よって、中身についても、もう少し手ほどきすれば、もしかして……
エミは、心のモードを“お母さん”に切り替えた。
エミ:「ギャラリーのあと、どこ行くつもりなの?」
エミの声が急に優しくなった。
マサヒロ:「代官山の居酒屋に奈良美智が落書きしてるインスタがあげられたのですが、その居酒屋に行こうかと。」
エミは、心の中で3回目のため息をついた。
エミ:「いい? いくら奈良美智が好きだからって、そればっかり押しつけちゃダメ。しかも、初デートで居酒屋は早すぎる。軽くお茶しながら、ゆっくり会話して、まずは距離を縮めなさい。」
なるほど、たしかにそうだ、とマサヒロは大いに納得した。
マサヒロ:「じゃあ、そのあと表参道にあるA to Zカフェに行くのはどうでしょう? 奈良美智がプロデュースしたカフェなので……」
エミ:「お、それいいね!」
あれ、奈良美智ばかり押しつけちゃダメって言ってなかったっけ?……とマサヒロはツッコミたくなったが、この場では呑み込んだ。
マサヒロ:「そのカフェのことも、あらかじめLINEで伝えたほうがいいですか?」
エミ:「しないよ。その場のノリで自然に誘導するのが、“男の技量”ってやつだよ。」
まあ、それくらいならできそうな気がする。
エミ:「じゃあ、今からLINEして。」
マサヒロ:「えぇ、今ここでですか!?」
エミ:「そーだよ、何か問題ある?」
好きな女子とのLINE内容をリアルタイムで見られるのか……? とはいえ、確かにこれ以上効率的な方法もない。
マサヒロ:「この文面でいいですか?」
エミ:「ん、いいよ。」
送信した。
もちろんすぐには既読がつかない。ドキドキする。そして、そのドキドキしている様子を、エミがじっと横で観察している。なんとも言えない気分だ。
エミ:「なかなか既読つかないね~」
エミはニヤニヤしている。
なんて嫌な笑顔なんだ、と思っていたそのとき、既読がついた。
そして、先方が返信のメッセージを入れているのが分かる。
エミ:「まあ、これで予定が合わないって言われたら、もう終わりだね。」
エミが満面の笑みでそう囁く。
「今度の日曜日なら大丈夫です😊」
そんな返信が届いた。
しかも、最後に笑顔マーク付きだ。
マサヒロは心からホッとした。これで、第一関門はクリアだ。
「では、13:00に原宿駅前で待ち合わせしましょう。」と返して、やりとりは終了した。
マサヒロ:「ありがとうございます! おかげさまでうまくいきました!」
エミ:「ふーん。じゃあ、デートが終わったら、また報告して。次の指示出すから。」
エミからは、なんだか通り一辺倒で気のない返事が返ってきた。
さて、ここからこの子猫をどう仕上げていこうか……、エミは無意識に心の中でつぶやいた。
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