第8話 恋の手ほどき #2
「ただし、条件が一つあるわ。」
「な、なんでしょうか?」
「私に指示を仰ぐなら、必ず愚直に実行。それと、ちゃんと定期的に進捗を報告。」
「“必ず愚直に実行”って、その指示が間違っていたらどうするんだ? しかも定期報告って……気づけば条件が二つに増えてないか?」と喉まで出かかったが、口にできるはずもない。
悔しいので、遊び半分で「As you wish(仰せのままに)」と、『スターウォーズ』風に返してみたが、エミは即座に「Leave that to me(任せておけ)」とダース・ベイダーのセリフで返してきた。マサヒロは心の中で白旗を上げた。
「なぜそこまで自分の意図が透けて見える?」と驚嘆しつつ、この時点で彼女は完全にダース・ベイダー、いや、もはや皇帝そのものだ。
エミはコーヒーを一口飲んだ。
「で、“町中華の店員さん”って、どういうこと?」
「はい、バイトの帰りにたまたま立ち寄った町中華で、とても綺麗な人が、油でドロドロになったTシャツ姿で注文を聞きに来てくれたんです。あなたのような綺麗な人は、そんな小汚いTシャツを着てる場合ではなく、もっとお洒落なカフェで、ちやほやされながら働くべきだろう……と思っていたら、その人がオーダーを取った後、なんと厨房に立って、中華鍋を振り始めたんです。細く白い腕で巨大で黒い鍋を振るその姿が、まるで炎に包まれた不動明王図を、剣をフライパンに、仏を美しい女性にしたように見えて......」
「あーはいはい、“ギャップ萌え”ってやつね。」
マサヒロは絶句した。
この的確すぎる一言。ダラダラと長い説明に対し、一言で本質を射抜ける恐ろしい洞察力と瞬間言語化能力。やはり皇帝だ。
「で、自分は次に何をすればいいでしょうか?」
「まずは顔を覚えてもらうこと。」
「どうやって?」
「定期的に通う。」
「どのくらいの頻度で?」
「はぁ…そんなことまで聞く? あんた、今までどういう恋愛してきたわけ?」
「いや、あの、自分からアプローチしたことがなく……」
「はぁ!?(軽く引き気味)」
「いつも向こうからアプローチがあり……」
「……要するに、その気もないのに女の子その気にさせてたってことね。最低。」
――“最低”はさすがに言い過ぎでは…と思う間もなく、
「週2くらいがベスト。多すぎてもウザがられるからね。あと、その子に話しかけるときは必ず笑顔。」
「なるほど、分かりました。」
「ちょっと不安だから、今笑ってみて。」
マサヒロは笑顔を作ってみた。
「不自然。あとちょっとキモい。家帰ったら鏡の前で自然な笑顔になるまで練習。」
「はい...」
スパルタ極まりないのに、不思議と素直に従ってしまう。
「他に、服装などで注意すべき点はありますか?」
「うーん、今のところ小綺麗だし嫌われはしないと思う。ただ、髪は少し伸ばしたほうがいい。あとパンツは細身にして、襟付きシャツをきっちり着れば大人っぽく見える。」
「分かりました。」
「じゃ、1か月後に結果レポートよろしく。」
「As you wish(仰せのままに)」
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