第7話 恋の手ほどき #1

「あの、相談したいことがあるのですが。」


しばらくすると、エミからLINEが返ってきた。


「あら、あんたまだ生きてたの?で、何よ、子猫ちゃん?」


「なぜに、子猫ちゃん?」、と突っ込む余裕は今のマサヒロにはない。


「LINEでは相談しにくいので、明日とか、どこかで会えませんか?」


「は?用件も言わないで会えって?私、ヒマじゃないんだけど。」


全く持って正論である。この手の正論は、理系男子にはよく効く。


マサヒロはどうLINEで文章にすればよいか迷ったが、エミにごまかしても仕方がないので、自分の現状を正直に綴った。


マサヒロ:「気になる女の子ができたのですが、どうすればいいのかさっぱり分からずパニックなのです。どうか、相談にのってください。」


「えぇ、マジで!あんたみたいな無機質な機械人間に好きな子ができたの!?  …いいじゃん、面白い。明日、大学のカフェ、17時ね。


「ありがとうございます!はい、17:00でお願いします。」



翌日、17:00を少し過ぎた時間に、コーヒーを持ったエミが現れた。


しばらく姿を見なかったが、相変わらずの美人である。しかも、髪が少し伸び、大人っぽさがより増している。


「やっほー、元気してた?」


「はい、元気と言えば元気ですが…」


「ふーん、最初会ったときはあんなに偉そうだったのに、今じゃすっかり捨て猫ね。」


エミはものすごくうれしそうである。


いや、「うれしい」というのは、少し語弊がある。


それは、完全にマウントを取っているという自覚と、自分が圧倒的に優位に立っているという確信からくる、“手のひらで転がせる子猫ちゃん”を手に入れたことへの、優越感に満ちた笑みだった。


事実、今のマサヒロにはエミに口答えする余地はまったくない。というのも、彼にとって唯一の頼みの綱が彼女だからである。


「で?」


「はい?」


「“はい?”じゃないでしょ。状況説明!」


「はい、気にある女性が出来て…」


「昨日聞いた。で、どんな子?」


エミの目が鋭くなった。美しい女性からそんな目線を向けられたのは、生まれて初めてだった。なんだか癖になりそうである。


「まさかサンドイッチの…」


「違うわ!」


「あれ、今タメ語じゃなかった?」


「あ、すいません。」


「次、タメ語使ったら、二度と相談にのらないから。」


「すいません、本当にすいません。」


エミに完全に首根っこを抑えられた心持である。が、不思議と嫌な気分ではない。



「町中華の店員さんです。」


「……」


「あの…」


「…ああ、そう…」


エミの想像と違ったのか、とても微妙な反応だった。


「で?」


「はい?」


「だから、その子とどうなりたいのよ!」


「どうなりたい、というと?」


「見守りたいの?友達?ワンナイト?それともちゃんと付き合う?ハッキリしなさい!」


「この人、凄い!」、マサヒロはエミの頭の良さに感心した。


確かに、勝手に自分の中でパニックになっているだけで、その女性とどうなりたいかちゃんと考えたこともなかった。


まずは目的をはっきりさせる、そのうえでそれを本人の言葉で言わせる。そして、その気持ちに違和感がないかを自分自身に確かめさせるつもりなのだ。


「…ちゃんと付き合いたいです。」


自身が発したこの言葉に違和感がなかった。そして、クリアになった。そう、自身はあの子と付き合いたいのである。


「その言葉に、嘘、偽りはない?」


「はい、ないです。」


「よし、いいわ。相談にのってあげる。」


「ありがとうございます!」


「ただし、1つ条件がある。」


エミはコーヒーを一口飲むと、テーブルに肘をつき、手のひらにあごをのせた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る