第27話 真なる一刀

 シグルドたちを見送り、レーヴァテインの幹部・シンモラと対峙するアルフォンス。




 まず観察すべきは、敵が用いる「瓦礫を飛ばす力」の正体だ。






「確か……遥か昔には“超能力”という概念があったそうだが」




「……」




「テレパシー、サイコキネシス、テレポート……シグレさんに読ませてもらった本には、そんなものが載っていた」




「それが、私の力の正体だと?」




「いいや。この世界に不思議な力など存在しない。すべての現象には必ず“理由”があると、この天才は理解しているよ」




「そうでしょうか? 飛ぶ斬撃なんてものも、私たち凡人には十分不思議に見えますが」




 敵は明確に「時間稼ぎ」が目的だと語っていた。それゆえか、アルフォンスの問いにシンモラは応じ、一定の対話が成り立つ。




 しかしその口調の端々には、「今を生きる人類」への冷笑と見下しが滲んでいた。






「もっとも、この天才といえど万能ではない。本当に何でもできるなら――君の首を“見えない斬撃”で落としてみせるのだけれどね」




「ふふ、それができないなら……あの“伸びる斬撃”が、あなたの限界ですか?」




「そうかもしれない」




 肩をすくめ、気軽な調子を装うアルフォンス。




 互いに腹の底を探りながら会話が続く中、やがて言葉が止まり、静寂が訪れた。






「シノノメ一刀流――」




「……溜めが長いですね」




「っとぉ!」




 先に動いたのはアルフォンスだった。




 チャキ、と軽快な音を立てて刀を抜こうとした、その刹那――




 足元の金属片が、鋭く彼の顔を狙って弾け飛ぶ。




 咄嗟に身を逸らして回避すると、すぐさま続く鉄片や細長い棒が矢のように殺到する。






「シノノメ一刀流――五月雨!」




「広範囲同時斬撃……既に見ました」




「くっ……!」




 目視で射出物の数を読み取り、瞬時に無数の斬撃を展開。迫るすべてを切り落とした――が。




 それすら読まれていた。




 見えていた破片の背後に、さらに別の棘が隠されていたのだ。




 一閃の直後、死角から迫る第二波が、ほんの一拍のタイミングで軌道をずらして襲いかかる。






「っあ! ぐ、ぅ……っ、何という精密な操作……!」




「ふふ……致命傷は避けましたか。さすがの反応速度ですね」




 かろうじて急所を外したものの、その一撃に膝をつくアルフォンス。




 だがその姿からは、なおも自信が揺らぐ気配はなかった――。






「きっと、そちらも二度同じ技は通用しないのでしょう。しかし……」




 シンモラは視線を落とし、冷ややかに笑う。






「私はこうして遠くから、あなたを痛ぶっていればいいのです」




「それは――どうかな?」




 膝をついたアルフォンス。しかしそれは、単なる演技。




 受けた傷は致命的ではなく、その痛みによって崩れ落ちるほど、彼という“天才”は脆弱ではなかった。




 しゃがみ込んだその姿勢で、腰に携えた予備のエーテルカートリッジを密かに起動。




 浸透したエネルギーが衣服と皮膚を伝って満ちる。






「――“ライトニングシフト”」




「なっ――」




 稲妻のような金光が閃き、アルフォンスは瞬く間にシンモラの懐へと肉薄する。




 驚愕と共に一歩後退するシンモラ。その反応に、アルフォンスは満足げに笑う。






「ふっ――」




「くっ……! それは……スカジの報告にあった……!」




「情報の共有、抜かりないみたいだね。さすがだよ。ま、察しの通りさ!」




 咄嗟に伸ばした黒鉄の尾で接触を防いだものの、反撃のために振るった尾が捉えたのは、すでに残像――黄金の軌跡だけだった。






「……っぅ!」




「うちの連中でも勘違いしがちだけどね。魔術は“力”じゃない、“技術”だ」




「技術というものは、誰にだって学べる」




 そのまま背後へと回り込んだアルフォンスは、無駄のない動作で回し蹴りを叩き込み、シンモラを地に落とす。






「だから――こういうことも可能なんだよ」




「くっ……! きゃあっ!」




 アルフォンスは即座に地面へと降り、刀を突き立てる。




 その魔術の発動に呼応するように、シンモラの足元からは鋭い土の棘が乱立。




 さらに、間髪入れず炎の柱が噴き上がる。




 シンモラは尾で身を包み、棘と炎から身を守るものの、炎の爆風に押されて大きく吹き飛ばされた。






「僕は“天才”だ。人ができることなら、何だってできる」




「ふふ……まさか、これほどとは。少しだけ――見くびっていました」




「よくあることだよ。気にしないでいい。君があの世で反省すべきことは、他にも山ほどあるだろうからね!」




 よろめきながらも立ち上がるシンモラへ、アルフォンスは雷鳴の如きスピードで再び斬りかかる。






「まだ……あの世とやらには行けません」




「私は、ナユタに最後まで付き添わねばならないのです!」




「っ!」




(……周囲の鉄屑を集めた剣か? 金属を操る力?)




 アルフォンスの斬撃を尾で受け止めたシンモラは、残った尾を反撃に転じ――




 その攻撃の予想に油断していたアルフォンスの頬を、鉄の刃が僅かに掠めた。






「なるほど。どうしてそこまでして彼に付き従うのかな?」




「先ほども申し上げました。……知ったら、死んでくださいますか?」




「それは難しいな。だが、教えてくれたって減るもんじゃないだろう?」




 剣を交えながら、軽妙に言葉を交わす。




 シンモラの剣捌きは鋭さよりも圧倒的な手数と制圧力に重きを置いていた。九本の尾を自在に操るその戦いぶりは、単純な剣術の巧拙というより、構造そのものによる物理的優位に近い。




 一方のアルフォンスは、ただの鋼では到底太刀打ちできない相手に、エーテルを纏わせることでかろうじて刀を維持していた。けれど、受け流しと回避を繰り返す中で、刃は確実に摩耗していく。






(どちらが先に崩れるか……それは、言うまでもないな)




「――語るほどのことではありません!」




「くっ、つれないな!」




 弾かれるように距離を取るアルフォンス。再びシンモラが宙へと舞い上がり、宙空から鉄片の雨を降らせる。






(埒が明かない……。だが――)




 アルフォンスの思考が巡る。セレンのように動きを止める術があれば……だが、相手は明らかに警戒している。こちらの攻撃が届かない間合いを保ち、決して決定打を放たず、ただひたすら時間を稼ぐための戦いに徹している。




 ならば、無敵の尾を斬り払うしか勝機はない。しかし――






(今の僕の技では、あの黒鉄を断ち切ることは――不可能……)




 その言葉が頭に浮かびかけた瞬間、アルフォンスの脳内にある記憶が脳裏をよぎる――






ーーーーーーーーーー






「わお、規定試験は全部満点、武器の使用訓練もどれも高得点! 本当に天才なんだなぁ」




「当然です。僕は教会設立以降初のトップ成績を収めた天才。不可能など存在しません」




「あははっ、確かにそれだけなんでもできたら、挫折なんて経験しなさそうだね」




 かつてのある日。アルフォンスが南方基地への配属が決まった日。




 セレンは教会から提出されたアルフォンスの成績表を見て、驚きとともに笑った。






「ま、でもきっといつかは君にも困難が立ちはだかるさ」




「——ほう」




「順風満帆で始まって、そのまま終わる人生なんて、私は見たことがないよ。そりゃあ、人によって才能も環境も違うし、恵まれてる人もそうじゃない人もいる」




「僕は十二分に恵まれていますね」




「そうだね。でも、恵まれているからって、苦労しないわけじゃない。不幸な目に遭わない保証なんて、どこにもないんだ。天才だろうと凡人だろうと、未来視ができるわけじゃないからね」




「まぁ、確かにこの天才と言えど未来は見えませんが」




「ふふ、まぁ中には未来視じみた予測ができる人もいるかもしれないけどね」




 セレンは机に寄りかかりながら落ち着いた口調で語り、アルフォンスは腕を組んでじっと耳を傾ける。






「予想外のことは起きるものだよ。すべてを知ってる人なんていない。君にだって、まだ知らないことも経験したことがないことも、たくさんあるはずさ」




「それは……まぁ、否定はできません」




「でも、きっと君は乗り越えられる。ただ、もしもどうしても乗り越えられなさそうに思える困難にぶつかったら、その時はこう考えてみるといい」




 そう言ってセレンは、自室の床に散らばった本の山から一冊を拾い上げる。






「“不可能”なんて、ありえない」




「不可能なんて、ありえない……」




「大昔の誰かが言った言葉なんだけどね。今できないことでも、一秒後の自分ならできるかもしれない。だから“不可能”だなんて決めつけるのは意味がないってことさ」




「……」




 アルフォンスは、自分の中で揺らいだ何かをはっきりと自覚した。




 これまで自分は完璧だった。こなせないことなどなかった。物理的な限界以外に、不可能などないと信じていた。






「じゃあ君の武器だけど、何か好みのものとかある?」




「いえ、とくに。どれも同じように扱えてしまうので」




「ふふ、できすぎるのも悩みものか……あ、そうだ」




「?」




「これでも読んでみたら? 気に入る武器、見つかるかもよ」




 セレンが差し出したその一冊。




 そこには、極限の窮地に立たされた人々が、理不尽に抗い、執念の一刀を放つ姿が描かれていた。




 どのページにも命が燃えていた。刃が叫び、拳が訴え、運命が翻弄され、それでも立ち向かう者たちの姿があった。






「これは————……素晴らしい!」




「……え?」




 アルフォンスは声を震わせた。




 自分がまだ知らなかったもの。




 否、想像すらしていなかった“熱”が、そこにはあった。






ーーーーーーーーーー






(不可能なんて、あり得ない)




「……?」




 アルフォンスはそっと目を閉じ、静かに刀を鞘に収める。




 カチリ、という小さな音とともに、カートリッジが一つ、また一つと排出される。




 手元のトリガーを引くたび、空になった魔力の筒が次々に排出されていく。






(シノノメ一刀流の奥義……あらゆる物を断つ、真なる一閃)




 ゆっくりと刀が抜かれていく。




 その刃には、鞘に充填されたエーテルが沿うようにしてまとわりつき、まるで光の奔流を纏ったかのように煌めいていた。






「物を斬るのではなく、存在を断つ! これこそがシノノメ一刀流の秘奥——どんな技にも勝る、“真なる一刀”!」




「……急に芝居がかって物言いをして……。しかし、二度も同じ手が通用するなど——」




 黄金の稲妻を纏い、アルフォンスの姿が疾風のように消える。




 その動きは先ほどと酷似している。だからこそ、シンモラは迷わず尾を薙ぐ——背後を突くと、読んでいたからだ。




 だが、そこには——いなかった。






「一刀、両断」




 気づいた時には、アルフォンスの姿は前にあった。




 両手で高く掲げられた刀が、振り下ろされた瞬間、空間に音すら追いつけず——




 ガギィィィィン——ッ!!




 甲高い破砕音と共に、九本の尾のうち三本が、鮮やかに断ち切られ、宙へと飛んだ。


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