第26話 決戦:破
レーヴァテイン幹部・スカジをデシルとフィオレッタに任せ、先へ進むシグルドたち四人。
その背後から、一際大きな爆発音と倒壊の衝撃音が響いた。
「デシル……」
思わず足を止めるシグルドに、隣のセレンが即座に声をかける。
「立ち止まっている場合じゃない。一刻も早くスルトを無力化しよう。心配なら、それが一番の近道だ」
「……あぁ、そうだな」
シグルドは顔を引き締め、再び前を向いて駆け出した。
ーーーーーーーーーー
それから十分ほど進んだ先。
突如、巨大な壁が行く手を塞いだ。
「これは……」
「スルトだ。どの部位かは分からないけれどね」
廃墟を押し潰すように鎮座するその構造物は、機能停止しているはずのスルトの機体だった。
「……“戻れ”」
ヒルダは周囲を警戒する三人をよそに、そっとスルトの外殻に触れ、魔術を展開する。
次の瞬間、装甲の一部が音もなく崩れ、微細な粒子へと分解されていく。
そこに残ったのは、細かく削り取られたかのような痕跡。だが、それは表層の、ごく一部にすぎなかった。
「……この全体を分解するには、何ヶ月、いえ何年のエーテルが必要なのかしら」
「いずれはやらなければならないが……効率が悪すぎる」
セレンは辺りを見回し、どこか中枢へと繋がるルートがないかと探す。
そのとき、静寂を切り裂くように、凛とした女性の声が響いた。
「困りますわ。勝手に我が神に触れるなど――ええ、万死に値する愚行です」
声の方へと目を向ける。
そこには、スルトの機体上に浮かぶように佇む、一人の女性の姿があった。
「レーヴァテインの……最後の幹部、ってことでいいのかな」
「ふむ、スカジは討たれましたか。まあ構いません。我々の役目は“時間稼ぎ”……そのためにだけある命ですから」
顎に手を添え、淡々とスカジの最期を想像しながら冷酷に言い放つその女に、アルフォンスが問う。
「君は……なぜあの男に従う?」
「……答えたら、大人しく死んでいただけるのでしょうか?」
女は唇に笑みを浮かべながら、静かにそう返す。
「いいや。残念ながらこの天才がすることは変わらない」
アルフォンスはその皮肉を受け止めながらも、低く鋭い声で言葉を継いだ。
「ただ、知らないまま斬り捨てるのは後味が悪くてね――少しでも君という存在を知ったうえで、倒したいだけさ」
そう言って、ゆっくりと刀を抜き放ち、女に向けて構える。
「さぁ、友よ。そして隊長、お先にどうぞ。ここはこの天才――アルフォンス・エルヴァンにお任せを」
「アルフォンス、君ひとりで……?」
「単純な話ですよ。ナユタとスルトが残っている。こちらが時間を稼がれるのは、人数が多いからです。足止めに残るなら、少数であるべき。たとえ……勝てなくとも」
「それは……」
理屈では理解できても、情が拭えない。セレンは副官として長年共に歩んできた彼を置いていくことに、一瞬ためらいを見せた。
その隙を縫うように、女が呟いた。
「何を――」
言葉と同時に、大地がうねりを上げる。廃墟の瓦礫が浮かび上がり、4人を囲むように舞い始めた。
「何をおっしゃっているのでしょう。私は、あなた方“全員”を相手にするつもりなのですよ? ……随分と余裕がおありのようで?」
氷のように冷たい声。浮かび上がった瓦礫が一斉に4人に向けて放たれる。
「シノノメ一刀流――五月雨月!」
アルフォンスが抜刀し、風のような連撃を放つ。次々と斬り払われ、砕かれる瓦礫。四方から飛来する破片をすべて、彼の刃が弾き落とした。
「行くんだ! 晴れ舞台は譲ってあげよう、シグルド、ヒルダ!」
「っ、あぁ、任せろ!」
名を呼ばれ、背を押されたシグルドは、ヒルダと目を合わせ、スルトの機体を迂回するように駆け出す。
「……負けるなよ」
「ふ、それはこちらの台詞ですよ、隊長」
「……行ってくる!」
「ご武運を!」
セレンもまた、覚悟を決めたように走り出した。
「だから――」
「シノノメ一刀流――遠月!」
女が逃げる3人に狙いを定め、追撃を仕掛けようとした刹那。アルフォンスの刀が再び閃く。鞘走りと共に放たれた長い斬撃が、彼女の視界を断ち切った。
「君の相手は僕さ。この天才、アルフォンス・エルヴァンを独り占めできるのだ。……光栄に思うといい!」
「……はぁ、まぁ良いでしょう。最低限の役目は果たした、そう考えておきます」
くるりと空中で宙返りしながら、女はアルフォンスの斬撃をかわすと、やや呆れたようなため息を漏らす。
「シンモラ。それが、レーヴァテインとして私に与えられた名。ナユタ様のために、この命を捧げましょう」
「我が名はアルフォンス・エルヴァン。今を生きる者のため、そして未来を生きる者たちのために――お前を討つ!」
互いに名乗りを交わす。九つに伸びた黒鉄の尾の上に、まるで玉座のように座るシンモラ。
それを見上げるアルフォンスは、刀を鞘に納め、腰を深く沈める。
再び、瓦礫が舞う。恐れはない、後は先に進んだ彼らがやり遂げてくれるのだから。
ーーーーーーーーーー
「っ、はぁ……はぁっ、これって――」
「……でかい穴?」
スルトの機体に沿って走ってきたシグルドたちの前に、ぽっかりと穿たれた巨大な陥没が現れる。大地の中心が沈み込むように開いたその穴は、まるで何かを呑み込んだかのように口を開けていた。
「スルトは……埋まってるのか? っ……あれは――」
「――スルトのコアユニット」
3人の視線の先、大穴の中に半身を横たえ、埋もれるようにしていたのは、スルトの“頭部”。
拡張された機体とは異なり、生み出された当初の姿を残したままの、中枢そのものだった。
「ようこそ、教皇サマのモルモット諸君」
「っ!? ナユタか……!」
コアユニットの上、廃墟の奥から足音が響く。姿を現したのは、白銀の髪をなびかせた少年――レーヴァテインのリーダー、ナユタだった。
「私たちが間に合った、ってことでいいのかな?」
「残念。スルトはすでに――起動している」
セレンの問いかけに、ナユタは淡々と、冷たく答える。
次の瞬間、地の底から響くような低音の振動が、全身を揺さぶった。
「ヒルダ! 撃て!!」
「っ、わかってる!!」
シグルドの声に応え、ヒルダは背中から巨大なマギアを構える。
「ふっ……アンチマテリアルライフル、か。だが、そんなものでスルトを倒そうなんて――それこそ、豆鉄砲で戦車に挑むようなものだ」
ヒルダが背負うマギアは、大口径の魔術狙撃銃。彼女の魔力を遠隔起動させるために開発された専用の弾頭は、規格の関係で通常の兵器とは比べ物にならないほど巨大なものだった。
少女の体には不釣り合いなその兵器を、ヒルダは迷いなく構え、スルトのコアユニットへ狙いを定める。
「……当てるっ!!」
「無駄だ」
銃声とともに放たれた高初速の魔術弾頭が、一直線にコアユニットを捉える――はずだった。
「っ!? は、はずれた……?」
「……捻じ曲げられたような……」
確かに狙った。間違いなく捉えた。けれど、弾丸はコアユニットに命中せず、滑るように軌道を逸らされ、彼方へと消えていった。
「古き時代に、一体どれだけの攻撃手段が存在したと思う? 剣や槍なんて原始的な武器しか知らぬお前たちには、想像すらできまい」
「くっ……どうすれば……」
苦悩するヒルダを前に、スルトの各部に淡く光が灯りはじめる。
その中で、シグルドが口を開いた。
「……遠くからじゃ無理だってんなら、近づいてぶっ叩いてやるしかねぇだろ」
「そんな、脳筋みたいな――」
「やるしかないと思うよ。何せ……」
地鳴りがさらに大きくなる。3人はまともに立っていられず、膝をついて耐える。
その時、巨人の指先が、地面を掴んだ。
「巨人の王が……目覚めた」
擦れ合う金属音が響き渡る。まるで、眠りから覚めた巨獣の咆哮のように。
それは絶望の足音か。あるいは、古き災厄の再演に対する喝采か。
機械仕掛けの巨神は、ゆっくりと、その身を起こし――地を揺らしながら、立ち上がる。
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