第12話 魚座『波間に揺れる約束』

1. 静かな入り江

 夜の海は、どこまでも穏やかだった。


 潮騒の音が静かに響く。


 満月の光が海面に揺らめき、岸辺の砂をやわらかく照らしていた。


 「ここに来るのも、久しぶりだね。」


 隣に座る彼女――千紗(ちさ)が、小さく笑う。


 俺――遥斗(はると)は頷いた。


 「そうだな。最後に来たの、いつだったっけ?」


 「高校卒業の前の日。」


 「……そっか。」


 あの夜も、今日と同じように月が海に映っていた。


 俺たちはこの入り江で、未来のことを話し合った。


 それぞれの道を進むと決めて、別々の場所へ旅立った。


 そして今、何年かぶりにこうして再会している。


2. 交わした言葉

 「ねえ、遥斗。」


 「ん?」


 「この海の向こうって、どんな景色なのかな。」


 千紗は、遠くの水平線を見つめる。


 「さあな。行ったことないからわからない。」


 「でも、きっと綺麗だよね。」


 「そうかもな。」


 俺は、彼女の横顔を盗み見る。


 変わらないものと、変わってしまったもの。


 俺たちは、それぞれの道を歩んできた。


 夢を追い、いろんな景色を見て、そしてここに戻ってきた。


3. 波間に揺れる約束

 千紗がそっと靴を脱ぎ、波打ち際へ歩いていく。


 冷たい水が、素足を優しく撫でる。


 「ねえ、遥斗。」


 「ん?」


 「覚えてる? 私たちの約束。」


 「……どの約束だ?」


 「嘘つき。」


 千紗はくすっと笑う。


 「ここで言ったでしょ? いつかまた、この海で会おうって。」


 俺は言葉を失う。


 忘れていたわけじゃない。


 だけど、それを口にするのが怖かった。


 時間が流れ、俺たちはもう、あの日の俺たちじゃない。


 「待ってたんだよ?」


 千紗の声が、波音にかき消されそうになる。


 「……遥斗が帰ってくるの、ずっと。」


4. 月の下で

 俺は彼女の隣に立ち、ゆっくりと海を見つめる。


 「俺も、忘れてなかったよ。」


 「本当に?」


 「本当だ。」


 俺は、ポケットから小さな貝殻を取り出す。


 「これ……?」


 「高校のときに拾ったやつ。」


 「……覚えててくれたんだ。」


 千紗の目が、月の光を受けてきらめく。


 「この海の向こうに、何があるかわからないけど。」


 「うん。」


 「でも、俺はもう迷わない。」


 「……そっか。」


 千紗が、そっと俺の手を握る。


 海風がやさしく吹き抜ける。


 潮騒の音が、二人を包み込む。


 そして、月は静かに光り続けていた。


【終わり】

――「海に映る月のように、君の心がここにあるなら、それだけでいい。」

魚座らしい、夢のように優しく、切なく、それでいて温かい愛の物語。

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