第3話 双子座『雨上がりのラブレター』

「言葉は、すれ違う。でも、届かないわけじゃない。」


1. すれ違いの二人

 五月の昼下がり。

 初夏の風が校舎の窓を揺らし、かすかに雨の匂いが残っていた。


 「ねぇ、律(りつ)。私のこと、どう思ってる?」


 詩(うた)は、窓際の席に座る俺に向かって言った。


 「……どうって?」


 「好き?」


 俺は思わず、手にしていたペンを落とした。


 突然の問いに、心臓が跳ねる。


 「いきなり何だよ。」


 「いきなりじゃないよ。ずっと聞きたかったの。」


 詩は、少し拗ねたような顔で頬杖をついた。


 「律はさ、いつも大事なことをはぐらかすんだよね。」


 「そんなこと……」


 言いかけて、言葉に詰まる。


 詩の言う通りだった。


 俺たちは幼なじみで、いつも一緒にいた。

 ふざけ合って、言葉を交わして、それが当たり前だった。


 でも、肝心なことほど、冗談みたいに流してしまう。


 俺が詩をどう思っているか――そんなこと、自分でもわかっているのに。


2. 書きかけのラブレター

 放課後、俺は教室に残っていた。


 目の前には、一枚の便箋。


 そこには何度も書いては消した、たった一つの言葉があった。


 『好き』


 簡単なはずなのに、いざ文字にすると、やけに重たく感じる。


 詩は、おそらく俺の気持ちをわかっている。


 それでも、言葉にしてほしいのだろう。


 俺たちの関係は、言葉を交わすことで成り立ってきた。


 だからこそ、これはただの手紙じゃない。


 俺たちの関係を、一歩前に進めるためのものだ。


3. 雨上がりの約束

 次の日。


 朝から降り続いていた雨が、放課後には上がっていた。


 雲間から夕陽が差し込み、濡れた校庭が金色に輝いている。


 俺は、校舎裏で詩を待っていた。


 ポケットの中には、折りたたまれた手紙。


 詩がやってくるのが見えた。


 「律。」


 「詩。」


 俺は、無言で手紙を差し出した。


 詩は、驚いたようにそれを見つめ、ゆっくりと受け取った。


 「……読んでいい?」


 俺はこくりと頷く。


 彼女は、そっと便箋を開いた。


 『好きだよ。ずっと前から。』


 風が吹く。


 詩は、手紙をじっと見つめたまま、笑った。


 「ようやく、言ってくれたね。」


 その声は、どこかホッとしたようだった。


 「律、私もね――」


 その時。


 突然の強い風が吹き、詩の手から手紙が舞い上がった。


 「あっ――!」


 便箋は、空へと吸い込まれていく。


 俺たちは思わず駆け出した。


 でも、手紙はもう届かない場所へ消えてしまった。


4. 言葉は、ちゃんと届く

 肩を落とした俺に、詩はくすっと笑った。


 「大丈夫。もう読んだから。」


 「でも……」


 「大事なのは、手紙じゃなくて、気持ちでしょう?」


 俺は息をのむ。


 詩は、ゆっくりと俺の手を取った。


 「律が、私のこと好きってこと。ちゃんと届いたよ。」


 夕陽が、彼女の笑顔を照らす。


 「だから……私からも言うね。」


 詩は少しだけ頬を染めて、俺を見つめた。


 「私も、好きだよ。」


 その瞬間、胸がいっぱいになった。


 俺たちは、ずっとすれ違ってきた。


 言葉にするのが怖かった。


 でも、今はもう大丈夫だ。


 俺たちは、ようやく同じ気持ちを確かめ合えたのだから。


【終わり】

――"言葉は、すれ違うこともある。でも、ちゃんと届く。"

そんな、双子座らしい恋の物語。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る