第4話 蟹座『夏祭り、君がくれた手』
「手を繋ぐ。それだけで、君がそばにいるとわかるから。」
1. 夏の夜の約束
蒸し暑い夜。
遠くから、祭囃子(まつりばやし)が聞こえてくる。
夜空には、色とりどりの花火が咲いては消えていく。
「……手、離さないでね。」
人混みの中、千紗(ちさ)がそっと俺の袖を引いた。
「わかってる。」
俺は、千紗の手をぎゅっと握った。
小さい頃から、夏祭りには必ず一緒に行くと決めていた。
毎年、金魚すくいをして、りんご飴を買って、最後に花火を見上げる。
その約束が、俺たちの日常の一部になっていた。
でも、今年の夏祭りは――少しだけ、違った。
2. 離れた手
境内の屋台を巡っていると、千紗が唐突に言った。
「ねえ、律(りつ)。私ね、秋になったら引っ越すの。」
「……え?」
言葉が、胸の奥で詰まる。
「お父さんの仕事の関係で、遠くの町に行くことになったの。」
千紗は、笑って言った。
何でもないことみたいに。
でも、俺の心はざわついていた。
「……なんで、今まで言わなかったんだよ。」
「言えなかったの。」
「なんで?」
千紗は、りんご飴を見つめたまま、ぽつりと呟いた。
「だって、律が寂しくなると思ったから。」
「……そんなの、当たり前だろ。」
俺は、彼女の手をもう一度握ろうとした。
でも、その瞬間、誰かが俺の肩をぶつかってきた。
「……っ!」
弾かれるようにして、千紗の手が離れる。
人の波にのまれ、彼女の姿が遠ざかる。
「千紗!」
必死に呼ぶ。
でも、浴衣の人混みに紛れ、千紗はどこにも見えなくなった。
3. もう一度、君の手を
焦る気持ちのまま、境内を駆けた。
千紗がいなくなる。
そんなこと、考えたくなかった。
「……どこだよ、千紗……!」
探し続け、やがて、ひと気のない神社の裏手にたどり着いた。
そこに――いた。
ひとり、ベンチに座っていた千紗が、驚いた顔でこちらを見た。
「律……?」
「馬鹿……!」
俺は息を切らしながら、彼女の手を掴んだ。
「……もう、離れるなよ。」
「律……?」
「寂しいとか、そんなの、もうどうでもいい。」
俺は、千紗の手をしっかりと握りしめる。
「お前がいなくなるのが、嫌なんだ。」
千紗の目が、ふわっと揺れた。
そして、少しだけ涙ぐみながら、彼女も俺の手を強く握り返した。
「……ごめんね。ずっと、一緒にいたかった。」
「だったら、最後まで一緒にいろよ。」
その瞬間、夜空に大きな花火が咲いた。
光が彼女の横顔を照らす。
「うん……最後まで、一緒にいる。」
4. 夏の終わりと、新しい約束
夏祭りが終わったあとも、俺は千紗の手を離さなかった。
千紗も、ずっと握り返していた。
寂しさは、消えない。
でも、千紗がいなくなるまでの時間を、大切にしようと思った。
来年の夏も、もし叶うなら――また一緒に。
そんな小さな願いを込めて、俺たちは手を繋ぎ続けた。
【終わり】
――"手を繋ぐ。それだけで、君がそばにいるとわかるから。"
離れても、心は繋がっている。そんな蟹座らしい、温かく切ない恋の物語。
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