次回予告

それは、ある花たちの記憶




『どうするのだ。このままでは』


『何としても、内情を外部に漏らすわけにはいかん』


『し、しかしだな』


『恐れるな。手は打ってある』


『なんと』


『これでもう、我々の確約された未来を邪魔立てするものはおらん』



 ……嗤い声がする。

 そして、誰かの泣いている声がする。


 けれど、今胸に沸き上がるこの不快を、そして悲しさを消してくれるのなら。

 大切な人たちをもう、なくさずに守れるというのなら……。



「……いいんだ」



 これで、いいのだろう。





 ✿




「――――っ!」



 真夜中に突如、目を覚ます。

 寝苦しかったのか、ぐっしょりと前髪や服が汗で濡れていた。



「……ハッ。はは。しばらく、見てなかったのに……」



 点滴に繋がれた、痩せ細っていく白い腕。人格が崩壊していく様。

 目蓋の裏には、先程までの悪夢が鮮明に描かれる。


 今夜はもう、……眠れそうにない。



「……ばかやろうが」



 前髪から落ちた水滴とともに、涙に滲むつぶやきもこぼれ落ちた。





 ✿




 子どもには、わからなかった。

 好きなことをして、何が悪いのかと。好きなことが二つあったらいけないの。どうしてどちらかを、選ばないといけないの。



「……たすけて」



 息苦しい。窮屈だ。

 こんな細いレールの上しか、歩いちゃいけないなんて。



『必ず助けるよ!』


「……え?」


『だから言ってみて! 大きな声で! あなたの願い事を叶えてあげる!』


「……うんっ」



 そうして君は、逃げ道を作ってくれたんだ。





 ✿




 価値のない雑音に、耳を傾けることが億劫だった。

 毎夜話す内容は変わらずリピートばかり。聞いているだけで、この場にいるだけで汚染されてしまいそうだった。



 耳半分に、ふと落とした視線の中。膝の上で、震える握り拳が映り込む。……今はもう、ぬくもりを思い出すことはできない。


 あの時の精一杯を、もう少し頑張っていれば、こんなことになっていなかったのだろうか。



「――……ごめんなさい」



 願わくば。あの人がどこかで、幸せに笑っていますように。





 ✿




「どうしたんすか」



 そう声を掛けられるまで、ぼうっとしていたことに気付かなかった。

 いきなり掛けられた声に驚いて、長くなっていた灰がぼとっと塊になって落ちる。



「……何でも?」



 目の前の男の肩を叩き、歩き始める。


 過去は過去。

 後悔に立ち止まるな。振り返るな。


 今はもう、大事なものを守れる強さが、この手の中にあるのだから――――。





 ✿ ✿ ✿






「……はい。それじゃあ今日は、ここでお終い」



 そう言うと、小さな頭がごろんとこちらに転がってくる。僅かに重たくなった目蓋に抵抗をしようとしているのか。読み終わった本を大事そうに胸に抱え、目を擦る姿は見ているだけでいとおしい。




「……この先は、もっと大きくなってからね」



 眠りを促すように頭を撫でてやると、忽ち小さな寝息を立て始める。




「きっと、見つけてね。この長い物語の入口を――」





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

すべてはあの花のために 51-koi- @Mizuta_Marino

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ