嵐の前の団らん

 母と打ち解けたマリアは夕食の手伝いをしていた。


 俺も手伝おうとしたが母がマリアともっと交流を深めたいといったのと家の味を知って欲しいとのことで俺は居間から台所の見学だ。


 それに台所も大きい訳ではないので3人だと少し邪魔だったというのもある。


「犬伏家のカレーの作り方を教えて行くわね」


「はい、義母様。準備万端ですわ」


 エプロンをつけたマリアが包丁を持って母に答える。


 そして、マリアは慣れた手つきで野菜の皮を剥いていく。


 にこやかに準備が進められていき、鍋に材料を入れる所で母の待ったが入る。


「ここでニンジンを入れるときに1つやっておかないといけないことがあります」


「なんですか?」


「それはね、令はニンジンが嫌いだから細かくして分からないようにしないといけないのよ。それなら入れなくてもいいじゃないと思うかもだけど栄養はちゃんととって欲しいからね」


 調理番組の先生とアシスタントのように進める2人だったがそんな俺が子どもみたいな事を言われるとは思っていなかったので飲み物を吹き出してしまう。


「ゴホッ、いやもう俺は大人だし。なんならニンジン避けてたのは小学生までだったでしょ」


 俺がそう抗議するも母はそうだったかしらととぼけた。


「あはは、それは大変ですわ。令がちゃんと避けないでようにしないといけないですわ。令さんの体調を守るのも私の仕事ですし」


 そうマリアは母の冗談にのるようにおどけてみせた。


 にこやかに調理は進められ、肉を油で炒め野菜を入れていく。


 ちなみに結局ニンジンは細かくして入れられることになった。


 カレー完成に近づくがこの作り方ではニンジンを細かくしただけだと思われるが工夫はそれだけではなかった。


「マリアちゃん、ここが大事よ。犬伏家のカレーにはチョコレート、コーヒーの粉、そしてヨーグルトを加えるのが重要なのよ」


「これがカレーの奥深さを作りだすのですね」


 そしてルーを入れ終わり、とろみが出てもう完成と言ってもいいカレーの中に先ほど述べた材料を適量入れていく。


 いい匂いが家中に広がってきた所に玄関が開いた。


「おっ、今日はカレーか。確かに令も帰ってきたからな」


 父親であるいわおが帰ってきたのだ。


 ネクタイを外しながら居間に顔を出した父は俺を見るなり本当に良く帰ってきたと腕を掴んだ。


「本当に見違えたな。元々、筋肉質だったけど一回り大きくなった」


 父は俺の筋肉を見て驚いていたが台所に立っていたマリアを見てもっと驚いていた。


「とんでもない別嬪さん連れてきて。令も漢になったってことか……」


「そう言われると恥ずかしいですわ。義父様」


「なっ、おとおと義父様だって、令絶対にマリアさんを幸せにするんだぞ」


 マリアは褒められ慣れていないようで少しはにかみながらそう言ったがその笑顔に父は一発で落とされたようだ。俺の身体をブンブンと揺らして俺に誓わせていた。


 父は何そんな当然なことを言ってるんだと軽くいなすと取り敢えずスーツを着替えてくると言って父の書斎に入っていった。


 その間に俺も手伝いつつ食卓にカレーを並べ父を待った。


 父は急いで着替えてくると席についた。


「それじゃあ、いただきます」


 皆で手を合わせてカレーを食べ始めた。


 父は瓶ビールを開けると自身のコップに注ぎ一息に飲み干した。


 その父の様子を羨ましそうに見ていたのはマリアだ。何を隠そうマリアは結構な酒豪で酒が大好きなのだ。


 俺は気を利かせて、父に酒をもらえないか聞いた。


「いや、それは駄目だろう。まだ未成年じゃないか」


「父さん、俺たちは異世界で暮らして居たんだからもう20歳で成人してるんだよ。それに異世界じゃ水より酒の方が安くて安全だったから普通に飲み物として飲んでたし」


「もう令と酒が飲める年か……。いやあ、感慨深いな」


 父は納得した顔するとそう言って笑いながら俺のグラスにビールを注ぎ、そしてマリアにも向き直る。


「マリアさんも一緒にどうだい? 成人してるんだろう?」


「はい、義父様。ぜひともご一緒させていただきたいですわ」


 マリアはグラスを受け取り上品な仕草でそれを持った。その目は既に獲物を見つけた猛禽のようにキラリと光っていた。


 母はあまり酒が得意ではないようだったが折角だからとグラスに父から注いでもらう。


「じゃあ、令とマリアちゃん帰還とこれからの生活に乾杯!」


「「乾杯!」」


 4人のグラスが軽やかな音を立ててぶつかり、酒宴が始まった。


 最初の一口でマリアは噛みしめるように小さく目を細めた。


「ふふ、やっぱりお酒は一口目ですわ」


「お、飲み慣れてる感じだな。じゃあこれもいけるかな? これは俺の秘蔵の純米吟醸だ」


 父が嬉しそうに酒棚からさらに瓶を出すと、マリアの目がきらきらと輝いた。


「ぜひ、いただきたいですわ」


 そこからはもう止まらない。


 マリアは小さなグラスをくいっと傾けるたびに、艶やかな笑みを浮かべ、父もその飲みっぷりに乗せられるようにようにどんどん注いでいく。


「いやあ、いい飲みっぷりだなあ。どんどんいけるじゃないか。気持ちがいい!」


「ふふ、なにゃんだか。いつもより熱いですわ」


 やがて、グラスを持ったままマリアは俺の隣に身体を預けてきた。


「れぇいぃ……」


「うわ、ちょっと近い! お前、酔い過ぎじゃないか?」


「酔ってましぇんっ、私まだまだいけましゅわ」


 そう言いつつ、頬はほんのり紅く染まり、目もとろんとし始めている。酔ってないはずがない。


(いつもなら結構飲んでもこうはならないのに)


 俺は現代の酒の度数が異世界に比べて高いのかと考えつつ、ペース配分も早いしなと思っていると。


「令の腕やっぱりごつくて、ふふ、かっこいいですわねぎゅーってしてもいいですか?」


「駄目です。母さんも見てるから」


 マリアはぎゅうとしていいかと確認を取っているものの俺がいいと言う前にはもう抱きついている。


「お母様は味方ですもの。ねえ、お母様?」


 そう振られた母は少しだけ困ったような顔をしつつ、コアラのように抱きつくマリアを見て笑いをこらえながらうなずいた。


「ま、まあ、たまにはこういうのもいいんじゃない?」


「よっしゃ、俺ももう一本開けるか!」


 父は悪ノリしている様子でノリノリで新しい酒を開け、すっかり宴モードだ。


 その後もマリアは俺に絡み続け、酔った勢いで将来の話やら新婚生活の妄想まで語り出しす。


「子どもは何人欲しいんですの?」


「ちょっと、親の前だしあんまりそういうのは」


 俺は恥ずかしく答えないようにしたがマリアは不満そうだ。だが両親はそれを見て微笑ましそうに笑っていた。


 だが、終始なごやかな空気が流れ、久しぶりの家族団らんの夜は、笑い声と酒の香りに包まれていく。


 そんな中、チャイムがなった。


「あー、私がでますわ」


 マリアはもう手が付けられないほど酔っていたのでそれを聞いて反射的に玄関へ向かう。


 俺は酔った状態のマリアが来客対応するのが少し不安という事もあったが途中で転けて頭をぶつけたりしたら危ないとすぐにその後を追った。


「どなたですのー」


 マリアが玄関のドアを開けた先にいたのは招かれざる客であった。


「いーや!どうも正義チャンネルのジャスティスでーす。ここに犬伏令さんがいますよねって……!あー!宮内財閥の!」


 そうマリアを見て指を差し、目の前のジャスティスと名乗る男は不躾にもカメラを向けて何かやらライブ配信をしていた。


 その声はどこまでも不快で先ほどまでの楽しい雰囲気が吹き飛んでしまった。






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