第18話 父さんの心

「こんなことになって、本当にごめんぬ……タケル……ぼく……役立たずで……」


 心の奥底から響いてきたイトーヌの声は、弱々しいながらも清らかで、深い悲しみとタケルへの申し訳なさでいっぱいだった。黒いオーラに締め付けられ、意識が薄れかけていたタケルは、不意に聞こえた仲間の声に、かろうじて意識を繋ぎ止める。


(イトーヌ……!)


「そんなことない!」


 タケルは、きつく締め付ける黒いオーラの中で、かろうじて声に出せるほどの弱い声で、心の中で必死にイトーヌに語りかけた。


「イトーヌは、ずっと僕のそばにいてくれた……いつも、温かい心で……役立たずなんかじゃない!」

「……イトーヌは感じるんぬ」


 イトーヌの声は、ところどころ途切れながらも、しっかりとした響きを帯びていた。


「タケルのお母さんは……確かにタケルを憎んでいるんぬ……でも、その憎しみの奥深く……深い場所に隠れちゃってるけど……タケルへの、確かな温かい愛情も、きっとあるんぬ」


 タケルは、わずかに思いを巡らせる。自分が生まれてすぐに亡くなった母親のことは、記憶と呼べるものは何も持っていない。写真で見た、わずかに微笑んでいる母親の姿だけが、彼の母親という存在の全てだった。それでも、長い時間を共に過ごし、本当の心を知る仲間、イトーヌの言葉を、今は純粋に信じたいと思った。


「金色に光る球体は……お父さんの魂なんだって、イトーヌは確かに感じるんぬ」


 イトーヌの声は、微かな光を帯び始めた。


「タケル……光る球体に……お父さんの魂に、助けを求めるんぬ……きっと、お父さんなら……お母さんの歪んでしまった気持ちを……綺麗な温かい心に戻すことができると思うんぬ!」


 イトーヌの言葉は、暗闇の淵に立っているタケルの心に、弱々しいながらも確かな希望の光を灯した。父さんの魂の結晶……金色に光る球体……それに、母親の悲しみを癒す力があるかもしれない。


 タケルは、イトーヌの言葉を固く胸に刻み込み、きつく締め付ける黒いオーラの中で、かろうじて残された意識の全てを、空中に浮かぶ父親の魂の結晶へと集中させることにした。金色に光る球体の周りを回転する四つの小さな結晶、優しい緑、熱く燃えるような赤、きらめく白、そして深い青色。四つの光が、タケルの小さな心の中で、静かに共鳴し始めた――。

 そして、タケルは父親の魂の欠片である結晶たちに、自分の純粋な思いを一つずつ丁寧に語りかけた。


「父さん……聞こえる? 僕だよ、タケル……やっと、ここまで来たんだ」


 タケルが結晶に語りかけ始めた時、イトーヌの姿をした母親は、赤い目を怪訝そうにしかめた。タケルが一体何を始めたのか、理解できないといった表情を浮かべている。


「何をしている、タケル……?」


 母親の低い声には、以前のような冷たい憎悪だけでなく、明らかな苛立ちが色を帯び始めた。タケルが自分ではなく、結晶たちに話しかけていることが、彼女の母親としての自尊心を傷つけたのかもしれない。

 フクロウも、金色の目を細め、タケルの行動を冷ややかに観察している。


「無駄な抵抗はやめろ、タケル。お前の犠牲はすでに決まっているのだ」


 しかし、タケルは二人からの否定的な言葉をまるで聞いていないかのように、長い旅路の記憶を強く思い起こしていた。不思議な森での最初の試練、熱い砂漠での犠牲、険しい山での勇気を試す試練、そして、歪んだ記憶と母の悲しみに苦しめられた追憶の迷宮……。


「イトーヌが、いつもそばにいてくれた。温かい心で、僕を支えてくれたんだ」


 仲間の純粋な姿を思い浮かべ、溢れんばかりの感謝の気持ちがタケルの小さな胸に広がった。


「スナは、僕のために、命をかけて熱く燃える熱意を教えてくれた。その尊い友情を、分かち合った悲しみを、僕は決して忘れない」


 犠牲を前に微笑んだ友達の姿が、目に焼き付いて離れない。


「ライも、短い間だったけど、真の強さの意味を教えてくれた。眩しい光のような、固い意志を」


 冷たい目の奥に隠れる優しい光を思い出す。


「そして、シパラ……父さんとの温かい思い出そのものだったシパラが、最後の道標になってくれたんだ」


 水色の柔らかい光が、タケルの意識を優しく包み込む。

 母親は、タケルの言葉の意味を理解できないのか、さらに苛立ちの色を濃くした。


「黙れ! そんな思い出など、何の価値もない! お前は、ユウタさんの復活のための犠牲なのだ!」


 母親は黒いオーラを激しく強め、厳しい力でタケルの体を締め付けようとする。フクロウも、鋭い鳥のような叫び声を上げ、翼を広げてタケルに向かって飛びかかろうとした。

 しかしタケルは、母親の明らかな敵意も、フクロウの冷たい脅威も、まるで感じていないかのように、意識の全てをひたむきに結晶へと注ぎ込み続けた。


 涙が今にも溢れそうになるのを堪えながら、タケルは声をさらに絞り出した。


「父さん……また、みんなで楽しく暮らしたいんだ! だから、父さんも頑張ってよ! お願い……僕や、いつもそばにいてくれるイトーヌ……そして、本当は優しい心を持っているはずの母さんのためにも……。父さん……母さんは、父さんのそばにいたかったんだよ。僕じゃ母さんを助けてあげられない。父さんの温かさで、もう一度、母さんを包んであげてよ!」


 タケルの心の世界には、今、温かい光を放つ四つの結晶と、輝く父親の魂そのものである金色の球体、それらへの純粋な願いしかなかった。母親の憎しみも、フクロウの裏切りも、タケルの固い決意を揺るがすことはできない。タケルの純粋な思いは、悲痛な純粋な願いは、温かい涙と共に、四つの結晶へと激しく流れ込んだ。小さな心の全てが、光を放つ結晶たちに注がれていく。


 その瞬間、タケルの思いに応えるように、金色の球体の周りをゆっくりと回転していた四つの結晶たちが、眩いばかりの色とりどりの光を激しく放ち始めた。優しい緑、熱く燃えるような赤、きらめく白、そして深い青色。四つの光は一つに溶け合うように、徐々に大きくなり、眩い光を激しく放ち、次の瞬間、金色に光る球体と重なり、その姿を虹色に輝く球体へと変えたのだ。


「タケル……」


 温かく、懐かしい、ずっと聞きたかった声が、その虹色の球体の中から、微かにタケルの意識に響いてきた。それは、タケルの思い出の中で、いつも優しく微笑んでいた、父親の温かい声だった――。

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