第17話 復活の儀式

 ゲートを抜け、タケルたちの前に広がったのは、透明な、無数の光の粒子が静かに舞う空間だった。一つ一つが、タケルと父親との温かい記憶の結晶だ。幼い頃に触れた温かい手のひら、初めての自転車に乗れた喜び、夕方の散歩道……温かい光を放つ小さな結晶たちが、周りの暗闇を穏やかに照らしている。

 空間の中央には、タケルが集めた四つの結晶よりも遥かに大きな、金色の光を激しく放つ結晶が鎮座していた。それが、父親を復活させるための鍵となる場所なのだろう。


 タケルが慎重に、その巨大な結晶の前へと歩みを進めた瞬間だった。リュックサックに大切にしまわれた四つの小さな結晶たちが、共鳴するように、静かに光を増し始めた。そして、タケルが巨大な結晶のわずか数メートル前まで到達した時、信じられない光景が目の前に現れた。


 四つの結晶たちが、タケルのリュックサックから勢いよく飛び出し、光の尾を引きながら、巨大な結晶の周りをゆっくりと、しかし確実な軌道を描いて回転し始めたのだ。優しい緑の光は幼い頃の温かさを、熱く燃えるような赤の光は犠牲を乗り越えた激情を、きらめく白の光は友を想う誠実さと勇気を、そして深い青色の光は喪失と向き合った悲しみを、それぞれ象徴するように、荘厳な結晶の表面を優しく照らしていく。


 結晶たちの回転速度は次第に速まり、周りの記憶の結晶たちも呼応するように弱い光を放ち始める。空間全体が、温かい金色の光と、記憶の多彩な光に包まれ、神聖で幻想的な雰囲気に満ちていく。


「始まったんぬ……!」


 イトーヌは、周りの尋常ではない光景に、小さな目を不安そうに瞬かせながらも、これから起こる奇跡への期待を込めた声で呟いた。

 フクロウは、巨大な結晶を穏やかな目で見つめ、低い声で言った。


「あれが、復活の儀式……お前の真の願いが、眠っていた力を目覚めさせるのだ」


 タケルは、回転する四つの結晶と、温かい光を激しく放つ巨大な結晶を、固い決意を宿した目で見つめていた。長い試練の全てが、今、この瞬間のためにあったのだと、小さな心で強く感じていた。


 四つの結晶が温かい光を激しく放ちながら巨大な結晶の周りを高速で回転し始めると、空間全体が眩いばかりの金色の光に満たされた。舞い上がる記憶の結晶たちも共鳴し、色とりどりの光が激しく渦巻き、中央の巨大な結晶へとゆっくりと集約していく。

 その光の中心で、ゆっくりと、しかし確かに、中央の巨大な結晶は純粋な光の球体に形を変え始めた。タケルは、それが待ち望んでいた父親の復活の始まりだと確信した。懐かしさと温かさが、タケルの小さな胸を満たした。


 しかし、巨大な結晶が完全な球体に形を変えてからしばらくたっても、父親が復活する気配が感じられない。金色に光る球体は依然として目の前の空間に浮かび続けているだけだ。タケルは、不安な冷たい感覚に襲われた。何かが、足りない……。


「父さん……!」


 タケルは、希望を込めて低い声で呼びかけた。しかし、光る球体は微動だにしない。


 その不穏な静寂を破ったのは、不意のイトーヌの声だった。小さな体がかすかに震えながら、光る球体を見つめている。


「タケル……お父さん、まだ復活しないんぬ……どうして……?」


 イトーヌの純粋な疑問の声に応えるように、突如、イトーヌの体が激しく痙攣し始めた。


「なに……んぬ? ……く、くるしいんぬ……タ、タケル――」


 白く柔らかな毛並みが所々黒く歪み、小さな体から冷たく、かつての異形のイトーヌがまとっていたような、異様なオーラが激しく噴き出す。


「ユウタさん……ついに……!」


 イトーヌの姿をした何かが発する冷たい声が、低く響いた。その歪んだ赤い目は、中央の金色に光る球体、父親の真なる魂の輝きをじっと見つめている。


「これで、ユウタさんは再び私のものになる……!」


 その声は、確かにイトーヌの口から発せられている。しかし、その低いトーンには親しみは微塵もなく、冷たい憎悪と複雑な決意が色濃く宿っている。それは、記憶の迷宮でタケルを襲った、母親の声だった。

 タケルは、思いがけないイトーヌの変貌と、その口から発せられた不穏な言葉に、全身が石のように硬直した。


「母さん……? 一体……」

「ユウタさんと私の間に割って入るな……!」


 母親は、冷たい目でタケルを厳しく睨みつけた。


「ユウタさんの真の復活には、最後の犠牲が必要なのよ……お前の体を、ユウタさんに捧げる!」


 その冷酷な言葉に、タケルは戦慄した。全ては、このために……イトーヌの中に潜んでいた母親は、追憶の迷宮でタケルを感情的に揺さぶり、そして、この復活の儀式へと誘導するために、味方を操っていたのだ。真の目的は、タケルの魂を生贄にすることによる父親の復活だったのだ。イトーヌ自身は、その残酷な陰謀を全く知らずに……。


「イトーヌ……。母さん……!」


 タケルは、友達の身を案じながら、母親に怒りに満ちた声をぶつけた。しかし、母親は冷ややかに嘲笑う。


「イトーヌ? もう、あいつの意識はない。この体は、私の目的を果たすための器に過ぎないのだから!」


 温かい記憶に包まれた復活の儀式は、突如として冷たい絶望と裏切りの場面へと急変した。

 母親の冷酷な告白に、タケルの全身は石のように硬直した。イトーヌを利用し、タケルを生贄に父親を復活させるという、計算された冷酷な計画。夢の中で見た、母親の優しかった頃の記憶は全て、この恐ろしい結末へと導くための幻想だったのか?


「そんな……酷すぎる……!」


 タケルの打ち砕かれた叫びは、儀式の空間に痛々しく響き渡る。


「驚いたか、タケル」


 思いがけず、タケルの肩に静かに止まっていたフクロウが、低い、しかし以前の穏やかな口調とは全く異なる、冷たい声を発した。その金色の目に宿る光も、今は冷たい光を帯びている。

 タケルは、信じられないものを見るような目で、ゆっくりとフクロウを見上げた。


「フクロウ……君は何を……?」

「私は、お母様の温かい思いを知っている」


 フクロウは、冷ややかにタケルを見下ろしながら言った。


「お父様への、熱く焦がれるような愛をな。お前が生まれたせいで、二人の時間は永遠に分かたれてしまったのだ。お母様の悲しみは、真実のものだ」


 タケルは言葉を失った。フクロウは、この世界にきてからいつもそばにいて、穏やかで知的な助言をしてくれる、信頼できる味方だったはずだ。それが、母親の計画を知りながら、ずっとタケルを欺いていたというのか?


「君が……どうして父さんと母さんのことを知ってるんだ……?」


 かろうじて絞り出したタケルの言葉に、フクロウは冷ややかに応えた。


「ワシは昔、お父様がお母様へ贈られたぬいぐるみだ。ワシは、お母様の最も近しい理解者だった。お母様の願いを叶えるために、微力ながら手伝ってきたまでだ」


 フクロウはタケルに冷たい視線を向けている。


「全てはお父様のためだ。お前の犠牲によって、お母様の長年の夢が叶うのだから、大人しく諦めろ、タケル。四つの結晶は、お父様の真の魂の欠片。それらを集め、偉大な力を持つ中央の結晶を触媒とすることで、失われた魂を再構築することができる。それが、この儀式の本当の意味だ」


 しかし、フクロウの次の言葉は、タケルの心を冷たい絶望へと突き落とした。


「そして、その魂を現世に繋ぎ止めるための器……それが、お前の体だ、タケル」


 温かい思い出に彩られた儀式の空間は、予期せぬ裏切りと冷酷な策略によって、深い絶望の色に染め上げられた。味方と信じていた存在が、実は敵だったという事実は、タケルの心に深い冷たい衝撃を与えた。


 イトーヌの姿をした母親は、その小さな体から黒く淀んだ負のオーラを激しく放ち始めた。それは、冷たく重い圧力となってタケルの体をゆっくりと締め付け、自由を奪っていく。空気さえも黒く染まったように感じられ、呼吸が苦しくなっていく。


「お母様はイトーヌとして、現世でお前の体のお父様と幸せに暮らす。大人しく生贄になれ、タケル……」


 フクロウの口から発せられる冷たい声は、かつての清らかさを完全に失い、母親の冷たい支配をはっきりと示していた。


(ホントにもうイトーヌはいなくなっちゃったのか…⋯?)


 強い力で拘束され、タケルはもがくことしかできない。小さな体は黒いオーラにゆっくりと飲み込まれていくようだ。

 フクロウは、冷たい目でその光景をただ静観している。


「抵抗は無駄だ、タケル。全ては、お母様の願いを叶えるためなのだから」


 絶望感が、冷たい波のようにタケルの心をゆっくりと覆っていく。温かい思い出に彩られた空間で、味方に裏切られ、母親の歪んだ愛情の生贄にされようとしている。為す術もなく、ただゆっくりと意識が暗闇に沈んでいくような感覚。


(このまま……母さんと、フクロウの思うままに……生贄に……?)


 諦めの冷たい囁きが、タケルの小さな心をかすかに掠めた、その瞬間だった。


「タケル……!」


 温かく、懐かしい声が、タケルの心の奥底にはっきりと響いてきた。それは確かに、友達であるイトーヌの声だった。弱いながらも、決然とした、タケルを切に呼ぶ声が――。

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