無限遠点の向こうで

第6話

ノートに触れた瞬間、なぜか手が少し震えた。

それを開く前から、何かが変わってしまう気がしていた。


ページをめくるたび、風の音が遠ざかっていく。

目に飛び込んできたのは、あの人の、まっすぐな言葉たちだった。


「……無限遠点、か」


空を見上げると、雲の隙間から差し込む光が一筋、まるで線のように海へと伸びていた。


ずっと、私は怖かった。


誰かの想いが自分に向けられることも、

自分の想いが誰かに届いてしまうことも。

それが過去を壊す気がして、未来さえ止まっていた。


でも、この手紙はちがった。


「今すぐじゃなくていい」「君のペースでいい」


それは、押しつけでもなければ期待でもなかった。

ただ、私という存在を、まるごと受け取ってくれるような言葉だった。


ベンチに腰かけて、海を見ながらパンの袋を開ける。

いつものクロワッサンじゃなくて、今日はチョコデニッシュを選んだ。

初めての味は、少し甘くて、少し苦くて。

まるで、初めて誰かを信じてみようと思った瞬間みたいだった。


私は、ノートの最後のページに、ペンを走らせた。


あなたへ


まだ、怖いです。

でも、あなたの言葉に、少しだけ光が差しました。

だから、歩いてみようと思います。

この線の上を、あなたと。


いつか、無限遠点で——笑って交われたらいいね。


風がまたページをめくる。

あの人が、来る気がした。


今日は、ベンチに一人じゃない気がした。


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