冬に置いてけ

和邇メイカ

冬に置いてけ

 なに?アンタもあそこの団子屋の団子食べてんの?なに味?くるみ?いいじゃん、アタシにはふきのとう味噌はちょっと苦すぎたんだよね。


 アタシ?一人だよ。先週フラれたんだけど、せっかくフラれたんだし、どうせなら傷心旅ってのをやってみたくてさ。って、昨日思い立って飛行機予約したの。

 飛行機って直前に取るとあんな高いんだね!びっくりしたよもう。でもフラれた直後の女って無敵モード入ってるから、余裕で入金してやった。そんで朝イチでこっちに着いて、フリーきっぷ?っていうの買って電車でウロウロしてたの。

 めっちゃお得だよ、この切符。都会周辺からこんな山奥の田舎まで、乗り放題降り放題なの。田舎だとさ、ICカード用の自動改札機しかない駅あるじゃん?紙の切符入れられない、青く光る石碑みたいなやつ。あれを華麗にスルーして、黄門様の紋所みたいにさ、駅員にピラピラ見せたらははーってお通ししてくれるわけ。

 ここらへんみたいな、ド田舎すぎて改札すらない無人駅で勝手に乗り降りすんのは流石にちょっと大丈夫かな?って思ったけど。後から監視カメラに映ってる姿を確認されて運賃請求されんじゃね?みたいな。多分そんなことないんだけどさ。はは。

 アンタ、ここの山奥で修行とかしてる感じ?めっちゃ薄着なのに顔真っ赤じゃん。一緒に写真撮ってくださ~い。なんて、嘘嘘。アタシもさっき行ったんだよ、山の上のあのお寺。昔っから、修行僧と猿しかいないんだって?あちこちに看板立っててさ。書いてあったんだよ。アンタらみたいなのの写真撮んなよ、って注意。は~、本堂までの階段マジきつかった~!足プルプルだったよもう。今は平気だけど。若さかな、やっぱ。

 最初の門のとこにさ、雪靴で行けって書いてあんの。いやいや知らねえよっていう。だって三月だよ?あんな雪あると思わないじゃん。街の方はもう春だってのに、電車で一時間来るだけで冬すぎるでしょ。アタシご覧の通りの靴だからさ、行くのやめようと思ったの。ブーツはブーツでも、踵七センチのロングブーツって石段のお寺にあまりにも不釣り合いじゃない?

 でもさ、前を歩いてる人がパンプス履いてんの。真っ赤なやつ。こいつマジかって。多分注意書き読めてないんだよ。外国人だったし。インバウンドってやつ?ボンキュッボンじゃなくてボンボンボーン!みたいな金髪の女の人が、熊みたいに髭生やした大男を連れて石段コツコツ上がっていくの見て、あ、いいや私も行こ~ってなって。

 石段にも雪が残っててさ、しかも踏み固められてツルツルなの。めっちゃそーっと登ってたら、変に力入ってすっげー疲れんの。意外と観光客いるから、すれ違うとき転びそうで怖いし。途中に立ってる看板読んだりして休憩して、後ろの人に先行ってもらった。その看板にいかつい毛筆で書いてあんの。『石段を一段一段上がるごとに、煩悩を脱ぎ捨て浄化されていきます。』って。

 アタシここで久しぶりに、アタシをフったあのクズのこと思い出したんだよね。なんだよ、今まで忘れてたのに煩悩脱ぎ捨てろなんて言うから思い出しちゃったじゃん。でもまあ、アタシはここにあのクズの記憶を浄化するぞ~!って、くだらない冬を置き去りにして、新しい春ゲットに邁進しようと思ったわけよ。あ、怒んないで。歯まで剥き出しにしちゃって。アタシが不浄なことなんてわかりきってんだからさ。

 アイツ?いや~ぶっちゃけ、クズ中のクズだね。一等賞。モラハラっていうの?ナチュラルにアタシのこと見下してんの。アタシの作ったごはん、平気でマズイとか言うし。そんで自分の分だけウーバーで牛丼注文してスマホ見ながら食ってんの。あー、友達にアタシのことカノジョ頭悪くてさーって話してたの聞いたときもショックだったな。アタシ、こんなナリと喋りしてるけど、普通に正社員やってるし、なんならあのクズより給料もちょっといいんだよね。

 なんで付き合ってたんだろうね、あんな奴と。いやー、自分でもバカだとは思うんだけどさ、その前に付き合ってた男が見た目も中身もゆるふわな優柔不断男だったから、決断力のある男、いいカモ……!ってなっちゃったんだよね。顔もハンサムっていうより男前っていうか、ソース顔?ま、まあまあだったし。

 それからあとはなんか操られてたかも。不満だらけなのに、離れられなくなっちゃった。結局二股かけられてて、しかもアタシは本命じゃなくて。アタシに自分好みのメシ作らせて食っといて、そのエネルギーで本命の女と会ってたってことだよ?最悪、ホント最悪。

 やなこと思い出して舌打ちしながら登ってたらさ、階段の入り口で見た外国人カップル、いたじゃん?熊みたいな体型の二人。あいつらがさ、石段の途中途中でパシャパシャ写真撮ってんのよ。まあご機嫌な海外旅行中だし、多少浮かれるのもしゃーないよな、なんて思って見てたんだけどさ、途中から石段の手摺りの外側に立って両手広げてはいチーズ、ってな具合にやり始めて。その下崖だよ?フツー、やんないよね。日本人なら。てか、寺だし。厳格な修行の場で云々って書いてあるし。バッチリ英語表記もあったし。いやグローバルかよ。せっかく寺のグローバル熱高まってるのにそのカップル見てたら段々ムカついてきちゃって。イライラしながらハアハア息ついてダンダン石段登って、アタシだけバカみたいじゃん。むしろここ来ない方が清らかだったじゃんよ。なんて思っちゃった。

 あ、でもでも、明らかに新しい葉っぱが出てきてる木があったのはよかったな。小さい秋って歌があるよね、あれの春バージョン。知ってる?新芽って赤いんだよ。新緑って言葉があるけど、ホントの新芽は赤なの。新赤なの。いや、アンタは当然知ってるか。ずっと山だもんね。アンタには当然でも、アタシにはなんか沁みたね。というか、新芽に喜べる気持ちが自分にまだあったことが嬉しかった。あ、浄化に一歩近づいたなって。

 で、ここからがクライマックス。聞いてよ、一番上の本尊、冬期間は閉堂しております、だってよ。いや登る前に言えよ!いやいいんだけどさ、煩悩払えるよ~って触れ込みで数百段石段登らせておいて、登ってる間じゅうぐるぐる考えてたこの気持ちどこにぶつけりゃいいんだよって。三月は冬なのね、はいはい了解です私が悪かったです。そんで本堂の賽銭箱んとこの木の階段に座んじゃねえ熊カップル。なに和やかに談笑してんだ。はあホントムカつく。正と負の感情、プラマイマイナス。

 でもね、本当に一番ムカついてるのは、乗り放題切符がすごい!とか、熊みたいな外国人カップルにイライラした!とかを、アイツに話したくなる自分に対してなんだよね。そう、あのクズ、アタシのことバカだなーって見下しながら、見下してたからこそか、どんなにくだらない話でも聞いてくれたんだよね。

 ……。浄化したい、新しい春がほしい、なんて言いながら、前に進めてないのはアタシの方なんだ。

 下山したとこにある川っぱたの団子屋、そうそう、アンタもさっき食べてたやつ。あそこでね、団子買ったの。春限定って言葉につられて、ふきのとう味噌のを。これが苦くてさ。口に残る、あと引く苦さで。苦さも含めて春の味覚なんだろうけど。ついつい、持ってたハチミツレモンジュースで流し込んじゃった。ホットのハチミツレモンってさ、冬にしか売ってないじゃん。アタシにとって冬の象徴なのね。オレンジ色の蓋のやつ。それでふきのとうの苦味をグイっと洗い流すとさ、ああもう冬のままでいいじゃんって思っちゃって。アタシ、もうアイツに囚われたままでもいいかな、ってあり得ないこと考えてさ。だからバチが当たったのかな、なんかふと下の川を覗き込もうとしたら、こんな下まで滑落しちゃった。なんかね、体、動かないの。

 え?慰めてくれんの?嬉しいけどアタシ、毛深い男は好きじゃないんだ~、ゴメンね?え?何?あ、荷物の方か。いいよ、持っていきな持っていきな。アタシと違ってアンタはちゃんと春を迎えるんだ。アタシを冬に置いてさ。


 三月の雪山で、光の届かない谷底に横たわったアタシは、灰色の毛の子猿が小さな腕に菓子とハチミツレモンのペットボトルを抱えて去っていくのを、寒さで潤んだ視界の端に見ていた。

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