35:妖艶に悲しみをかもす狐
ジヒトは尚も眠り続けていた。
その横には、左右で白黒に別れたツートンカラーの笑う仮面を付けた女性達が控えている。
彼女等によって街道まで運ばれ、手配された衝撃吸収の施された馬車に横たえられてスヤスヤと眠るジヒト。
今尚眠るジヒトを彼女達は様々な感情入り乱れて見ている。
恋慕、敬慕、思慕、景慕、愛慕と様々な感情で見られており、それは馬車の外で人知れず護衛する者達も同じであった。
少しずつ、家屋が増えてきたが不自然に人の通りがない5階建ての建物の裏手につける馬車。
裏口が開かれると、2人の女性が馬車と裏口までの左右を特殊な保護幕を貼りつけて覆い、外から見えなくする。
その後、担架を持ち出し馬車手前まで運び込み、眠るジヒトを乗せたまま建物内に入っていった。
馬車に同乗していた笑う仮面の彼女達も後に続き降り、建物内へ入っていく。
全てが終わると暗幕は回収され、馬車も商事保有施設の格納庫へ誘導される。
後には何も残らず、次第に通りにも人の気配が少し戻り始めたのであった。
室内に用意されているベッドに静かに移されるジヒト。
部屋の扉を静かに閉めると囁く様に狐尾の女性が話し始める。
「主様が起きたら教えておくんなんし」
「はい。それまでは部長はどちらに?」
馬車に同乗していた部下が確認をする。
「改めて中央に連絡を送り、商事の意思を確認するでありんす」
「かしこまりました」
部下はお辞儀をして見送り、そのまま部屋の扉に張り付いた様に直立してジヒトが起きるまで待機した。
……
ジヒトが拐われてから3時間程。
旅館では一向に戻る気配のないジヒトを心配しだすエリ達が部屋にいた。
「受付では2時間前にお風呂から出たジヒトが庭に出ていたって話だったけどさ! 流石に遅くない? もう予定してた夕飯の時間も過ぎちゃったよ?」
「私も匂いを嗅いでみましたけど、旅館でぱったり匂いが消えてます。清掃してますのでって言われても不可解ですわ。10年もののタオルですら、まだ嗅ぎ分けられますのに……」
「それはもう、レイラの匂いじゃないかな……じゃなくて……! やっぱり探した方が良いって! ノア、受付で確認取って戻りそうになければ、通りを見てもらえる? ノアなら人混みでも見付けられるだろうし」
「かしこまりました。それでは行ってまいります、お嬢様」
言うが早いかすくっと立ち上がり部屋を出るノア。
その後ろ姿を見送りながらエリは不安な声を出す。
「どこ行っちゃったんだよ、ジヒトぉ……」
……
目覚めるとベッドで寝ている事に気付き起き上がる。
あの後、私の体でタダヒサが笑う仮面の女性と話し眠りにつき、今度は私が女神様達と向こうで話して寝ていた。
不思議な感覚だ。
私の体でありながら、ボクも居て、こちらで寝ていたはずが、天界で寝ていたのだから……
どれくらい寝ていたかは分からないが、体の疲れを感じて起き上がった後に、あぁ~、と伸びをしながら呟く。
すると扉が開かれた。
「ジヒト様、お目覚めのようで安心致しました。お体に異常はございませんか?」
今は仮面を脱いでいる猫種の女性が声をかける。
猫種の彼女はスレンダーな見ためではあるが、健康的でしなやかそうな肢体をぴっちりしたスーツで包んでおり、脚線美であることが伺える。
「は、はい。え~と、ここはどこでしょうか?」
「ホウジョウ商事の所有する建物の一室でございます。あの後に動きがあった場合に安全に眠りについて頂こうと、こちらまで勝手ながら運ばせて頂きました」
「それで、私はもう戻っても安全でしょうか? 魔力は回復できていない様ですが、傷等は既にボクが治してくれたので……」
「お戻りについては統括部長のツヴァイ様から説明があるかと思いますので、少々この部屋でお待ち下さい。今すぐにお伝えして参ります」
そう言ってお辞儀をすると彼女は退室する。
さて、ホウジョウ商事からの手助け云々はしてもらえそうではあるけれど、実際にどこまでの支援となるのか。
ボクは商事に所属するのも、と言っていたが……流石にいきなりは無理じゃないだろうか。
待ちながら考えていると再び扉が開かれ、先程の猫種女性がツヴァイと思しきアニマ狐種女性を連れて入室する。
猫種女性はそのままお辞儀をして扉を閉める。
それを待ってからツヴァイが声を出した。
「主様の体も心も無事なようで安心しなんした。何かあれば一大事でありんした」
ほっとしながら胸に手を当てながら彼女は続けて言う。
「主様はわっち等の大事な人でありんす。それがジヒトはんになろうと変わりんせん」
「あ、ありがとうございます。それで、今後の私はどうなるんでしょう。ボクが言うように、このまま旅を続けてもよろしいのですか? それとも……今回の件をどこかに報告をされて、私は……幽閉、でしょうか……」
顔を暗くしながらツヴァイに告げる。
最悪の想定はしておかないといけないだろう……
私自身はまともな戦闘など経験した事もない。
今後、ボクの言いつけで自由に歩かせてもらえるのかどうか……
「そんな事はしないんす。主様がジヒトはんをしっかりと主様である事を宣言されて、あの特異魔法も久しぶりに見せてもらいんした。そんな主様の御言葉を反故にする程、野暮じゃありんせんよ?」
意外にもあっさりと、認めてくれた。
そうなると今後も私は自由に各地を旅しても良いということだよな?
「そ、それじゃぁ、私は今後も自由に行動して良いと?」
「はい。ただ、商事の移動手段や宿泊施設は利用してもらいんす。わっち達も敬愛する主様の現状を心配しているんでありんすよ? 戦闘に巻き込まれた場合、逃げるのも難しいでありんしょう?」
今は傷もない体に視線を感じた後に言葉を続けるツヴァイ。
「レイラ王女とエリシアはん、ノアはんが居れば平気かもしれんしょうけど……レイラ王女絡みも不安が残りんすし、主様お一人の時はもっと不安でありんすから……そこだけは今よりもお付きを増やさせて頂くでありんす」
そこで一度話を区切ると、ツヴァイは傅き言う。
「何かあれば今よりも速やかに対応され、連絡がわっち達に来るでありんしょう。今回のような事は早々起きないはずでありんす。ただ何もなくても緊急であれば頼って欲しいでありんす」
商事の方針としては、付かず離れず何かあれば駆け込んで欲しいと言う事なのだろう。
救急患者か、駆け込み寺みたいな言い方するなぁ……
それにしても、この方は一向に顔の上半分の認識ができないままブレているのだが、これはなんだろうか?
気になりながら顔を見ていると、立ち上がりツヴァイが言う。
「申し訳ありんす。認識阻害の為に幻影魔法で顔を隠しておりんす。わっちは商事に出向く時は常に顔を変えているでありんすから……主様でも素顔を晒すのは、閨を共にする時でありんしょう……」
ツヴァイが嫋やかにベッドに座り、上半身を横たえる。
和服越しの白磁のような手足が捲れ、胸を覆っていた布も緩み、豊満な双子の山も形を変えて震える。
その様に、ごくり、と生唾を飲んでしまう。
「その気があれば、いつでも、呼んでおくんなまし。喜んでお相手しなんす……」
太腿に手を這わせて、服が山を作り、更に深く覗かせる。
その手が腹部、胸部へと至り、肩へ行き、服を肩からはだけさせ、もう少しで胸も見えそうである。
或いはもう少し横に移動すれば見える状態となっただろう。
だが、普段は見えないであろう胸の上に花びら1枚、肩の横には特徴的な花の入れ墨が彫られている事は確認できた。
尚も誘惑をされて目線が食い気味に吸い寄せられていたが、目的を思い出し、なんとか視線を上を向いて遮る。
「し、失礼しました……余りにお綺麗で扇情的であったので、目が吸い寄せられ……あぁ、違う。私は何を言っているんだ……」
頭を振って邪念を振り払う。
「ふふ、良いでありんすよ? この身は今も主様の者。他の子等はわっちと気持ちが違うかもしれんすけど、わっちは存分に見て貰いたいでありんす」
「か、からかわないでくださいよ……そ、それで、商事とは結局、何をされているのか聞いても良いですか……? ボクの記憶は共有できていないので、出来れば教えて頂けると」
「残念でありんす。ではまたの機会といたしんしょう。それで商事の事ですが、まずタダヒサ様がお作りになられたのは知ってるでありんすよね?」
「えぇ。こちらにきてから暫くして起業されたと」
「起業した理由が、亜人排斥を現地派遣社員に監視させるためでありんした。なので、元々、民間商会を装った密偵なんでありんす」
「そこで不審な流れを監視していたと? 商事の当時のブレインはボクって事ですかね。知識やアイデアを元に莫大な資金を手に入れていたでしょうから」
「えぇ、主様が主軸でありんす。けれど、最初は人員も資金も多くなく、盗賊狩りや雑用等もせっせとされていたんでありんすよ? 国から貰った金額は今の主様と同程度で済ませ、負担をかけずに身一つで。今も昔も主様は欲張らず変わりんせんなぁ」
口に人差し指を持っていき、ペロと舐めたように見えた。
「き、金額は偶然ですよ。あくまでも一時金が欲しかっただけです」
「奥ゆかしいでありんすなぁ……そうしてある程度の地位を獲得した後、亜人族の孤児施設や職業訓練に斡旋を行ってきたでありんす。元々は聖国から命からがら亡命されてきた者の受け入れ先でありんした」
「先程ボクと話した人達は皆女性でしたが…男性も?」
「当然おりんす。ただ男性は聖国から逃げ切れた、生き残れた数も少なく……聖国の亜人族男性は主に労働奴隷か、遊びの玩具にされて……女性は比較的慰み者で済んだ者が多いでありんすから、奴隷紋や奴隷魔具の痛みに耐えて王国まで逃げ延び……」
悲しそうに目を伏せながらツヴァイは続ける。
「王国内もわっち等みたいに亜人族でテロにあった男性や女性もいんすけど……商事に昔から保護、所属する子等は聖国の亜人族女性が圧倒的に多いんす……それ故に、戦闘、密偵訓練をし、実働に向かう者は女性であり、男性は一般業務専任でありんす……今もそのままなのは名残りであり、記憶でありんす」
そうか……そうだよな……
亜人族排斥だ……当然、まともな訳がないんだ。
同じヒトでありながら、亜人族であるからと奴隷にし、労働奴隷や性的奴隷、もしくはただ壊すためだけに……
そういう奴らが今も残っているんだ……数は減らし、活動も減った中でも……
だからこそ、今後も私は狙われ……ボクが戦わなくてはならないのかもしれない……
それでも、ボクは今の、今後の平和を願って、私に陽の当たる道を歩んで欲しいのだろう……
目を閉じて、ただただ、静かに生き残れなかった者達が来世で幸せである事を祈ろう。
ボクが救えなかった、手から零れ落ちてしまった者たちに……
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