36:ジヒトの帰還
ベッドに横たわる狐種女性は起き上がり言う。
「さぁ、そろそろ参りんしょうか。拐われてから4時間程経っておりんす。レイラ王女達が心配しているでありんしょう。くれぐれも、この件は御内密にしておくんなんし?」
唇に人差し指を当てシーッと言った。
顔は分からないが、これだけ艶のある姿だと何をしても様になるな……
さっきまでしんみりと考えていたくせに、我ながら切り替えの早い事で。
部屋を出て建物の外に向かうと幕が張られ、馬車が停車していた。
「主様を領主邸宅前で降ろして差し上げんしょう。あそこからでありんしたら、通りも分かり易いでありんしょう? 王女様方には少し迷ってしまったと言ってくんなまし」
「お願いします」
馬車で少し揺られながら街を通っていく。
家屋の間隔が狭まっていき、中心都市の人混みの喧騒が辺りを包みだす。
馬車が停車した。
「主様、到着したでありんす。ここから馬車を降りた先を少し歩いていけば宿泊先の旅館がありんすが、途中でメイドのノアはんに会うと思いんすよ。お気を付けて、御帰りくだしんす」
「お世話になりました。今後も何事もなければ良いですが、その時はお願いします。それでは……」
「はい、主様……また……」
そのまま、馬車の扉は閉じ、走り去る。
途中でノアと会うとの事だったが、本当にいるのだろうか……?
商事はそれだけ、情報に精通していながらもエクシア宗教団の残党を捕まえ切れていないという事を考えると、なかなか恐ろしいな……
だが今回は私の要望も叶えつつ、人員を増やすだけに留めてくれるようだ。
できれば、今後も起きない事を祈るばかりだ……流石に苦痛を拭っても、された記憶が消える訳じゃない……
あんな思いは私も、誰も、経験をして欲しくないよ……
そのまま暫く通りを歩き続けるとノアが駆け寄ってきて声をかける。
「ジヒト様! どちらに行かれていたのですか!」
「あ、あぁ、少し通りを散歩していたら迷子になってしまってね...…良かったよ、元来た道に戻ってこれた」
「ま、迷子……? 道をお忘れに……? で、ですが、元気なお姿でお戻りになられて安心致しました。さぁ、旅館へ向かいましょう。私が御案内いたします。お嬢様達も心配してお待ちですので」
「あ、あぁ。すまない。心配をかけてしまった」
「いえ、無事であれば良いのです……私も心配でしたので……」
そう言って、ノアにぎゅっと手を繋がれ、旅館へ戻った。
「ジヒト! 遅いよ! どこ行ってたのさ! 凄い心配したんだよ!?」
「ジヒト様、夜遊びも大概にしていただきませんと! エリじゃないんですから悪戯で手を出すなど行けませんよ!」
「レイラ!? ボクは誰にも手なんて出してないよ!?」
「そうでしょうか? タダヒサ様と学園入学式ではあれ程、ベタベタと……」
「わ、わー!? なんで皆、そういう事ばっかり覚えてるんだよー!?」
やはり、ノアだけではなくエリもレイラも心配してくれていたようだ。
流石に、何が起きてどうなっていたかまで言ってしまうと心配をかけるだろうが……
ガルシアには伝えるべきかもしれない。
流石にレイラが狙われていた事を考えると不安が残るしな……
後は、私も幻影魔法をしっかりと覚える必要があるかもしれない。
だが、今は知らせないで、誤魔化すしかないだろう。
商事の件もあるからな……
「ま、まぁ、悪かったよ。服装とか気になって歩いている内に道を間違えたみたいでな……ははは……気を付けるよ」
「むぅー……今度から長時間出歩く時はしっかりと誰か一人は付いてる事! これ、守ってよね! せめて受付でどこにいるかくらい教えてよ!」
「そうです! 私でも匂いが追えなくなったんですのよ! この私、が……? スン」
レイラが鼻をスンスンッし始めジヒトに近づき始める。
「あら? 何かしら……どこかで嗅いだ記憶が……スンッ」
ジヒトは慌てて身を翻し言う。
まずい、この匂いに敏感な変態王女にはなにがあったかをばれる可能性もありえる。
早々に温泉で体を洗って匂いの痕跡を消してしまわないと!
「あ、あぁ!! 外歩いてたら汗嗅いちゃったな! ちょっとひとっ風呂浴びてくるよ!」
スンッとレイラが鼻を鳴らす音が聞こえるのを、ゾワッっとしながら部屋を出ようとして3人を見やる。
ノアは私の行動を不審に思っているように静かに首を傾げている。
レイラは匂いの記憶を辿っているようだ。
エリは膨れ面で出ていこうとする私を見ていた。
追及される前にささっと部屋を出る事に決めた。
更衣室で服を脱ぎ、温泉の洗い場でしっかりと、今回は3回も体を洗い、湯に浸かる。
やっとリラックスできる環境に戻った事で、今日の事を思い浮かべ考える。
商事はいつから俺が戻ったのだと気付いていたんだ……?
やはり口座を開設した際か……?
だが、あの時はホウジョウ姓は記載せず、ジヒトで作られている……
商事の手の者が実力者揃いなのは事実だろうが、王家と領地貴族の情報を手に入れるには相当苦労するのでは……
もしくは内部の協力者を抱き込んでいるのか?
尚更分からない組織だ。
一気に思考を巡らせた疲れから、ふぅ〜、と息を吐くと再び考える。
結局は分からない事だらけであり、もう少しじっくりと話を聞かないといけないか。
どこかで商事を訪問してみよう。それにあの狐種の女性や部下の者達…いつかは顔を知る事ができるのだろうか……
はぁ……
今日は色々あったが、明日は明日でラティア領主邸宅に訪問か……
そういえば、あの人も狐種で美人だったな……美人が多い世界だ……
考え事をやめ、暫くゆっくりと何も考えずに浸かり、部屋に戻ると遅い夕飯の準備がされていた。
おぉ……和食だ……
拷問を受けて無事に生還し、温泉に浸かって和食を食べられるなんてな……
あの時には考えも及ばなかった……
ただ普通にご飯が食べられるだけで幸せなんだよな。
「さ! ジヒト、食べよ!」
「ジヒト様、ささ、こちらへ……私自ら食べさせてあげますわ」
「レイラ王女殿下にその様な事をさせる訳には参りません。私めにお任せください」
「い、いいえ! これは将来の妻として、仲睦まじく暮らす為に必要な事ですの!」
「レイラ〜? ノア〜? 普通に食べようね〜? ほら、ジヒト、こっちこっち!」
エリは自分とレイラの間に座らせようと座布団をぽんぽんと叩く。
「では、私はジヒト様の前に座りますので、何かあれば……」
「え!?」
「私は手をジヒト様の太ももに……」
遅い夕飯ではあったが、お腹が減っていた事もありしっかりと食べ、お腹を軽く擦る。
そして、お膳が片付けられ、寝る準備を済ますとエリとレイラに腕を掴まれ、布団にそのままダイブをさせられる。
「じゃぁ、ジヒト。お休み……明日も楽しみだね……眠いから……すぐに……」
「お休みなさい、ジヒト様……あぁ……良い匂い……この服、買い取れないかしら……はぁ……」
「ではジヒト様。私はジヒト様の太ももで丸くなっておりますので、何かあれば……」
え?
なんでこんな変な川の字?
というか太ももで寝るのは可笑しくない?
エリとレイラが夢見心地だから、ノアの行動に誰も突っ込まないぞ!?
でも眠たそうにしてるのを邪魔するのも……どうすりゃ良いんだ?!
変な川の字で寝っ転がり、落ち着くまで相当な時間を要し、中々眠りにつけなかった。
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