最初で最後の短いラブレター【ショートストーリー】

砂坂よつば

新しい約束

じゅの「ただいま〜」


夏休みが明け2学期が始まったばかりの9月初旬。小学校から家に帰って来たわたしを出迎えたのは両親だった。

どうして平日の真昼間に2人がいるの。いつもなら仕事で家を空けているはずなのに。それになんだか家の中の空気がいつもと違って重い。

両親は理由わけを話さず「離婚することになったから」とだけ伝えると––––。


お母さん「じゅのはお父さんとどっちと一緒にいたい?」


お父さん「もちろんだよね?」


両親の優しい声の中には重圧と早く答えろという恐怖を感じる。


じゅの「そ、そんなの急に言われても……すぐに答えられないよ!!」


わたしは今までに感じた事なのない高圧的な雰囲気に耐えきれず、ランドセルを背負ったまま家を飛び出し逃げた。向かった先は近所に住む知り合いの中学1年のお兄さんの家だ。チャイムを鳴らすとインターホンのスピーカーから聞こえるのはお兄さんの声だった。


じゅの「お、おにぃちゃん……じゅ、じゅの……です」


わたしは震える声を振り絞った。


今まで見せたこともない様子の少女に近所のお兄さんは心配になって玄関のドアを開け、自分の部屋に招いた。


近所のお兄さん「久しぶりだね、僕が小学校卒業ぶりじゃないかな。じゅのちゃんが僕の家に来るの(笑)」


わたしはコクリと頷くだけだった。部屋の中央でじっと膝を抱えて座る。

お兄ちゃんの声は小学校の時と変わることなく高かった。


近所のお兄さん「……家で何かあったの?」


わたしは彼の穏やかでゆっくりした声を聞き、ぽろぽろと涙が溢れてしまった。そして堪えきれず、


じゅの「ごめんなさぁい、ごめんなさぁ〜い。すぐに答えれなくてぇ(泣)」


と泣き喚いてしまった。


突然の出来事に近所のお兄ちゃんは困惑している。

洋服箪笥からハンカチを取り出しわたしに手渡し、頭を撫でる。

不思議と彼のこの行動は妙に落ち着く。わたしは溢れ出る涙をハンカチで拭いながら理由わけを話した。

両親の突然の離婚宣言、自分はどちらについて行くべきか。それによって転校してしまうかも知れないこと。もし転校してしまったらお兄ちゃんと去年交わした–––––。


『中学生になったら


という約束が果たせない。

近所のお兄ちゃんはわたしに微笑んだ。そして新しくもう一つの約束を交わす。


『いつかなる高校生や大学生になった時に一緒に登校しようよ』


わたしはうんと頷いた。


わたしの住む地域のA小学校は朝、町内ごとに決められた班に分けられて登校するのが規則だった。

中学生になれば他の地域にあるB小学校やC小学校の子供達と同じ学校へ通うことになるので、集団登校はなくなる。

お互いが小学生だった頃同じ町内の住んでいた2人はいつも一緒に登校していた。その時間がわたしにとって楽しかったし、嬉しかった。


1時間後わたしはお兄ちゃんに見送られながら自分の家に帰った。

その日の夜。わたしはお母さんと一緒に暮らす方を選んだ。


9月下旬。近所のお兄ちゃんが住む町を離れる。引越しの当日、わたしは一通の最初で最後の短いラブレターをお兄ちゃんに手渡した。


『お兄ちゃん。【またね、大好き♡】 新しい約束はようにするからねっ』


(終)


小田刈おだがりじゅの 11歳編※

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