第18話 ココア③

 ワンチャンが飛びかかったと思ったら、なんと強盗犯とおじいちゃんが涙を流してエンエン泣いている。

 びっくりしすぎて心愛固まってしまった。偶然にも二人の間には今は死んでしまった、おじいちゃんの奥さんがいて、そのおばあちゃんの話でどうやら号泣している。ちょっと、心愛もよく分からないけど泣きそうになってしまった。横を見ると綺麗な涼子お姉さんもうっすらと涙目だ。


 ブブブブブ。いつの間にか充電が終わったのかスマホが震えている。ママだ。急いでスマホを開ける。ママじゃなくてパパだった。

「心愛? 心愛か? おい、繋がったぞ。心愛、今どこだ? 大丈夫か? 誰かと一緒なのか?」怒涛の質問。心愛はびっくりして少しの間、喋れなかった。パパごめん、私大丈夫。道に迷っちゃって親切なお姉さんに助けてもらって、それで電池が切れて電話できなかったんだけど、今喫茶店で充電させてもらったの。うん。うん。わかった。ちょっと待ってね。

 心愛は涼子お姉さんの綺麗なコートの裾を引っ張る。

「あのね。パパが助けてくれたお姉さんにかわってくれって」

 涼子さんは優しい顔をして「分かった。私話すね」と言ってくれた。

「お電話替わりました。椎野と申します。はい。いえ、こちらこそなかなかすぐにご連絡を差し上げられなくてすみません。はい、そうです。えっと、どのあたりだろう。確かに〇〇町の住宅地でお見かけしまして、それで二人で駅の方に戻っている途中で夜間営業されている喫茶店を見かけまして、そこで暖をとるのと携帯を充電してご連絡ができればと。はい、とんでもございません。ちょっと今店主の方に伺いますね」

 すみません。ここの住所ってと言いかけたところに金髪アロハマンが名刺みたいなものを涼子お姉さんに渡した。

「えっと、申し上げますね。××町〇〇4-5-89でお店の名前がザ・ショートナイトと言います。はい。そうです。表の看板が光っているので少し遠くからも見えると思います。はい。分かりました。そしたら一緒にお待ちしていますね。いえ、よろしくお願いいたします」


 涼子お姉さんは心愛にスマホを返すと、パパとママいっしょに来てくれるって。ここで一緒に待っていよっか。と言った。心愛は急にパパに怒られないか不安になった。このお店に入る前はママにガツんと言ってやるんだって気持ちに溢れていたがどこかテンポが崩れたというか、その上電話に出たのがパパだった。もちろんママからもたくさん電話がかかってきていたけどイメージして感じじゃなかったからペースが乱れた。本当にちゃんと自分の気持ちを言えるか、心愛心配だ。

 心愛がよほど困った顔を急にしたからか、涼子お姉さんが再び顔覗き込んだ。どうしたの?怒られないか心配になった?当たってるけどちょっと違う。心愛少し考えたけど、涼子お姉さんに相談しようと思った。さっきの電話で涼子お姉さんすごい頼りになりそうだった。


 うまく話せたか分からないけど心愛は順番に話した。

 塾へ向かう車の中での名古屋の話。受験をしなかったら雪菜との約束を守れない事。そもそも名古屋に行ったら離れ離れになっちゃう事。もともと仲が良かったのに最近は喧嘩ばかりのママとパパの事。心愛の受験がきっと原因な事。でも一葉女子に入ったら全部上手く行く事。ママが通わせたい憧れのお嬢学校な事、パパも納得の学校な事。本当は「お淑やか」って感じが心愛は好きじゃないけど(そしてママの趣味もそもそも好きじゃないけど、本当は涼子お姉さんみたいに大人かっこいい系が好きな事)でも入学できたらバスケ部に入る事をパパもママもきっと反対しないだろうから全部うまく行くと思う事。だからそもそも受験しないで名古屋に行ったら全部ダメになっちゃう事。

 一気に話した。どこまで伝わったかわからないけど、一生懸命話した。だから、心愛はママに全部それを伝えたかった。そしたら何かが変わる気がしたから。


 涼子お姉さんはずっとうんうんと言いながら聞いてくれた。話終わったら思ってもみない所から声が上がった。

「概ね正しい。概ね正しいよ、君の言っている事は。少女よ」金髪アロハマンだった。

「周りのみんなが一番ハッピーになって、自分が納得できるラインでそれを成し遂げられて、それで全体がオールグッドになる。大円団になる。非常に正しい。ほぼ『正解』だといっていい。映画作りなんかもスタッフや役者とそうなるといいなぁと俺も思ってやってきたりした。でも一つ、今の話で君は気をつけた方がいい事がある。それは『相手とちゃんとぶつからないといけない』という事だ。そうじゃないとなぜか必ず良い結果にならないんだ。相手にこうなってほしいな、と思って相手が動いて欲しいように自分を偽って見せてぶつかっても絶対に上手くいかない。やるときは100%ノーガードじゃないといけないんだ。そもそも自分を偽ることは自分の為じゃないと絶対にダメだ。これは『演技』を長いことやってきた俺だから分かる。誰かの為にと思って自分を捻じ曲げた気持ちは、そんな演技は絶対に長くは続かないんだ。今度は逆にその『誰か』に自分の捻れた気持ちが跳ね返ってしまって、かえって悪い状況になったりする。相手を逆恨みしたり、嫌って関係が悪化したり。だからもし自分を騙すんなら、それは自分の為の『演技』じゃないとダメなんだ。それは『納得』ができるからね。自分だったらどこまで向き合っても自分だ。誰のせいにもできない。後悔は納得の反対側にあるものではなくて時に同居だってできるんだ」

 とうとうと語る金髪アロハマンの言葉は真剣だった。心愛は、これは「マジで言っているやつだ」って感じだ。結構難しいことを言っている気がしたし、全部はわからなかったけど、何が言いたいかもなんとなく解った。金髪アロハマンは心愛を一人の人間として子供扱いせずに話しているのも解ったから。

 心愛は「うん」と頷いた。


 心愛が「俳優だったの?」と聞くと、じゃなくて撮っていた方、監督していたんだ、昔。とアロハマンは言って続けた。

「ちょっと話は違うけど、騙す、という意味では今日のこの若者とこの銃は良かった」とおもむろに強盗犯が力無く下ろしていた銃をさっと掴み上げた。

 刹那、場の空気がざわっとした。

「な、よく見ればモデルガンってわかるだろ?」と笑顔で言いのけた。凍りついた一瞬の間の後、ギター青年が激しくアロハマンに噛み付いた。心愛も全く同じ気持ち。

「え! 偽物なの? 分かってたんですか?なんで教えてくれないんですか!」

「そりゃ君、こんな銃、その辺の街の不良が持っていたら大変な事だよ。これはSEALsっていうアメリカの海軍特殊部隊のスナイパーが使っている奴だよ。そんなのがこの辺の街にある方が問題でしょう。横須賀あたりから米軍が回収しにきちゃうよ」それに本物ならこれ売った方が多分金になるね。とアロハマンは笑っている。

「佐藤さんはそういう分野のも強いんだね」感心したようにおじいちゃんがつぶやいた。

「これも最後に撮った映画のモチーフであったんですよ。たまたまです」

「犬の映画なのに?」と食い下がるギター青年。

「そう、犬と銃の映画。売れなそうだろ?」

 元ネタはアメリカンスナイパーって有名な映画に出てくる銃だよ。と付け加えた。

「とにかく。冷静に考えたらだれもこんな特殊部隊が使うような馬鹿でかいスナイパー銃でしがない喫茶店を襲わないんだ。でもこの若者は自分のために自分を奮い立たせて自分を騙した。君、途中から完全にこれから本当に弾出るって思っていただろ」

 強盗犯は、あ、っと小さく声をだして。確かに、次郎に向けた時はそう思ってた。すんません。と消え入りそうに続けた。

「まぁ今回は後悔の話とはちょっと違うけどね。若者よ。君は割と役者の才能あるかもな」とアロハマンは言った後、心愛をまっすぐに見て言った。

「ちょっと脱線しちゃったけど、もし覚悟を決めて少女が納得できない事をするなら、何かを偽るなら、誰かの為にやろうとしちゃダメだ。自分の為にしなきゃだめだ。つまり、人を言い訳にしてはいけないって事なのだよ」

うん。心愛はなんだかとってもその事は良く解った。心愛は心愛の為にしか『やりたくない事』はしない。


「それが解ったら、もう大丈夫だ。あとはノーガード。隠さず全部ぶつかっていけばきっといい方向に行く。そら、着いたみたいだよ。」

 お店の外に車が停まった。パパの車だ。心愛はリュックを背負うと涼子お姉さんと金髪アロハマンにお礼を言った。あ、私もいくね、と涼子お姉さんが外までついてきてくれる。後ろから金髪アロハマンが「どうせ面倒な事になるから、このバカとバカみたいな銃の話はしないほうがいいぜ」と声をかけた。電話口のパパはあんなに心配していたし、これ以上は心配をかけたくないし、心愛はもとよりそのつもりだった。

 心愛は振り返ると笑顔で「偽物だしね」とカッコよく言ってみた。あれ、ちょっと漫画キャラみたいで良かったんじゃない、と思うとグッと心が躍った。


カラン。

 ドアを開けると真っ白な冷気に満ちた外に踏み出した。すごく寒かったけどこれまでで一番気持ちのいい一歩だと思った。

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