第19話 タダシ④

 小学生の女の子がいなくなると、さて私も帰るか。と爺さんがぼそっとつぶやいた。

「佐藤さんいろいろ世話になりました。ありがとうございます」といって身支度を整えて次郎の首に縄をつけた。

 そして、すっと立ち上がると俺に向かって頭を下げてきた。

「妻が世話になったようで、ありがとう。そして、君としては本当に偶然だと思うけど、私がここ長いことずっと探していた疑問を君は解決してくれた。本当は墓場まで持っていくのかと思って諦めていたが、なんだか明日からはまた新しい一日が始まりそうな気がするよ。これは感謝しても感謝しきれない。教えてくれて本当にありがとう」

 なんだか、狐につままれた気分だった。俺はモデルガンを持って強盗に入ったってのに感謝されている。なんか、これも婆さんがあの世からおれを導いてくれたのだろうか、と思うと不思議な気持ちになった。これも一つの『もがき』だったのかな。

「それで、お礼のついでじゃないが、君が困っているお金。私に出させて欲しい。家に帰ればあるからこのまま家においで」

「へ? 助けてくれるってのか?」

「私が君から受け取ったものと比べると38万円なら安いものだ」その代わりお姉さんにはお金はかえしてくれよな。と言って小さく笑った。

 願ってもないありがたい申し出だ。この爺さんに助けてもらう以外に組の兄貴から助かる道もない。二つ返事で爺さんに着いていく事にした。


 爺さんと二人で夜の道に出た。二人の間には次郎がゆっくりと歩みを進める。そう言えば次郎は婆さんと公園にいた時よりだいぶ歳をくっているようだった。最後に公園で会ってからどれくらいの年月がたっているのだろうか。俺はよく思い出せなかった。

「そうか」と突然歩きながら爺さんがつぶやいた。

「お前はだから次郎っていうのか。ずっと不思議だったんだ。太郎なんて犬いないのになんでいきなり次郎なのだろうって。もしかして流れちゃった私たちの子供は男の子だったのかもな」

 あたりに誰もいない夜の道に爺さんの独り言のような声が吸い込まれていった。

 少しその言葉を噛み締めたあとに「もしかしたら息子だったら君くらいの歳だったのかもな。だから妻は君とよく話したのかもしれないね」と初めてイタズラそうな顔をして笑った。

 俺、全然もっと歳下だよ。って思ったけどなんか爺さんに悪くてその言葉は飲み込んだ。唐突に、爺さんの嬉しそうな顔見ていたら、今日助けてもらったその金を組の兄貴に渡したらキリの良いタイミングで仕事を変えようって思った。すぐには無理かもしれないし、変えたところで俺がダメな所は変わらないと思うけど、それでもいいと思う。それでもいいから少しでももがくんだって思った。それでいつの日か全く別の仕事で稼いだお金を持って爺さんに返しにいったら、そのときは胸張って自分を褒められそうだ。


 自分で蒔いた種だったけど、家に帰って起きる時には今夜のことを俺はどう思うだろうか。今夜、俺が胸に抱いたこの気持ちを忘れないで生きていけば、きっといつか振り返った時に正解だったと思える日が来る気がした。

 そう思って夜空を見上げた。都会特有の星の見えない夜空は来たるべき朝焼けにそなえて、心なしか引き締まった青に見えた。


 綺麗だな。と柄にもなく思った。

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