第16話 リョウコ④
どうやら、世の中にはツキとか運とかがあって、まさにそれに私は見放され続けているらしい。そう、本当に運が悪い事に。
迷子の女の子を助けてあげるような徳を積もうがやっぱり運がない私は、信じられない事にまさに今強盗犯が強盗をしようとしている店に自分から入っていった。バカすぎて恥ずかしすぎる。穴があったら、こんな店なんかじゃなくて、本当に穴に入りたいくらいだ。ドアを開けたのは心愛だったが、もっと中を確認して入ればよかった。こんな夜中にあいている喫茶店なんてそもそもどんな店かも分からなかったはずだ。迷子の子を届ける、というなんだか非日常に気が緩だのか、それかレモンサワーに酔ったせいなのかもしれない。どちらにせよ、大きなミスだ。
私たちは入った瞬間に異常な雰囲気に気がついた。なんせ、金髪アロハシャツが手あげて片手に財布、片手に札を握っている。その横でなぜか青年がギターケースを必死な顔で抱きしめている。極めつけは嘘みたいな銃を持った男が老人に怒られている。普通逆じゃないか、頼もしすぎる老人だ。
なんて思っていたら銃の男がクルっとこちらにその長い銃身を向けた。どんな長細い物でもまっすぐ向けられると首筋が冷たくなる気がするが、見た事もすらない本物の銃なら破壊力は抜群。背を向けて店を出て逃げようにも足が動かない。男はどうやら強盗で、金に困って店を襲ったものの、もはやパニックになっている。
こういう時は刺激をしない方が良いように思う。私と心愛は言われるがままに金髪アロハシャツの男の横に並ばされた。そして端から全員の財布の中身を出す事になった。
金髪アロハシャツはもうすでに財布の中身を出していて、8000円だと言う。初老の頼もしい老人はまだ怒っていたが、犬の散歩中だから小銭入れしか持ってきてない。と言って4500円を机に出した。ギター青年はストリートライブですから、と言って机に財布の中身1万2000円を出した。強盗男はライブのギャラないのかよ、と詰め寄ったが「そんなものがあったらバイト辞めていますよ」と良く分からない不平をつぶやいた。不平を言った顔が一瞬誰かに似ているなと思った。
私は諦めて財布からお金を出した。今日はデートも途中で終わったし、そもそも映画もそれ以外も慎吾が出してくれたから一円も減ってない。こんなんなら私が映画代出せばよかった。3万4000円が入っていた。心愛は首から下げた財布から震える手で1000円を出そうとして、苛立った強盗男がもういいよ!と言った。合計ざっと、6万円いかないくらい。強盗の対価としてはちょっとリターンが悪い気がする。それにしても職場の銀行じゃなくてこんな所で人生初の強盗に出くわすとは。やっぱり私はツイていない。そして残念なことに強盗男も同じように感じているようだった。
なんだよ、なんでこれしかないんだよ!俺は明日までに38万必要なんだよ!なんでそれが5万しかないんだよ。私が「5万8500円ですよ」と小さく言うと「うるせぇな!」と凄まれた。
「こうなったら、身代金しかない。ちょうど子供がいるし。お前、親に電話して攫われたって、この店にお金を届けさせろよ。あれ、あんたが親なのか?」
私は唐突にこの喫茶店に入った理由を思い出した。一周回って、皮肉にも本来の目的に戻った。
「えっと、私はこの子とは関係ないんだけど、この子、迷子で。それで一緒にお母さんを探していたの。こんな夜に嘘みたいだけど本当の話。で、この子の携帯電話が電池切れていて、それで本当はこのお店に電源貸してもらおうとおもって入ったの」
「ちょうどいいじゃねぇか。コンセント貸してやれよ。充電しろよ」
「もちろん。コンセントはご自由にどうぞ」金髪アロハシャツがどうやら店主らしかった。電気泥棒なんて言わないよ、と信じられないタイミングで冗談を言っている。ちょっとネジが飛んでいるタイプなのかもしれない。
「ところで、この子のお母さんに電話をするのは大賛成なんだけど、それで身代金はやめたほうがいい。警察呼ばれて囲まれるのがオチだ。『狼たちの午後』と一緒だよ。見たことない?アル・パチーノ」
なに、狼?知らねぇよ。と強盗男。名作だよ、ぜひ見た方がいい。と金髪アロハシャツ店主。何故この流れで映画を勧めているのだろうか。やはり確実にネジが飛んでいる。
「立てこもりの強盗ってのは古来から映画で何度も出てくるけど基本的には成功しないものなんだ。失敗が前提のストーリー設計だ。俺の知る限り成功した事あるのはバッドマンのジョーカーだけだ。でもあれアメコミだからな。そして後でバッドマンにやられている」
「じゃどうしろっていうんだよ」
「それは知らないが、身代金立てこもりはやめた方がいい。大体なんで君は38万円なんてやけに細かい数字を求めているんだ。そして言っちゃなんだけど、こんなしがない店には絶妙になさそうな金額だろ。そして現に、そんな金はない」
強盗男は少し悩んだような表情をしたが、堪忍したように語り出した。
「店の金に手を付けちまったんだ。明日、組の兄貴に持っていかなきゃいけないのに、帳簿とずれていると確実にばれちまう。俺が店長だから落とし前につけないといけない、今度は殴られるだけじゃないかもしれない。だから、なんとしても明日までに足りない金をなんとかしないといけないんだ。俺も手を付けるつもりなかったんだ。で、でも騙されて、それでほんとついカッとなってその金も賭けちまって……ほんとこんなはずじゃなかったんだ」
気がつくと強盗男はよほど心の余裕がなくなったのか涙を浮かべている。なるほど。人に歴史あり。そして彼も精一杯なのかもしれない。なんだか私は急にこの強盗男が哀れになった。ツイてないのは私もこの男も一緒かもしれない。気がつくと強盗男の銃身はもう床にむかって力なく下ろされていた。
「いいよ。持って行きなよ。私のお金はあげるよ。その代わり、この子は早く親に電話させて迎えに来させていいかな。もう遅いし」と言って私はカバンから充電コードを出して心愛に渡した。
強盗男は「分かった。すまねぇ」と言った。場の緊張が解けたのを感じた。心愛が壁のコンセントに充電器を差し込んだ後に、黒犬の側にやってきて「触っていい?」と聞いた。どうやら犬が好きなようだった。
「あぁ、いいよ。ちょっとこの犬は今疲れて寝ているから優しくしてやってくれ」
飼い主らしい初老の老人が優しく答えた。心愛は嬉しそうに撫でている。
「僕はいやですよ。今月かつかつなんだ。バイトはもうこれ以上ライブ削れないから入れられないし」とギター青年が机に上に置いたお金を財布に戻す。それを見て強盗男は「ケチ」と小さくつぶやいた。初老の老人は少し笑いながら、自身のお金を強盗男に渡した。
「人そぞれでいいんじゃないか。私はほら、少ないけどあげるよ。なんかこれも縁だ。村田くんは無理にあげる必要はないと思うよ」
一瞬、何か頭をよぎる。あれ?今「ムラタ」と言った?慌てて、ギター青年の顔を改めて見る。誰かに似ているのか急に合点がいった。そんな偶然があるかと思ったが、でも私はそもそも地元が比較的近所だという事で最初盛り上がった事をふと、今更ながら思い出した。
強盗だなんて、こんな変な事が起きる夜だ。「あり得ない」なんて事、無いはずだ。
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