第15話 タダシ③

 やっぱり間違えた。

 圧倒的に間違えた。不正解なんてもんじゃない。俺は元々しけたジジイの店を「叩いて」明日の組の兄貴へのアガリの補填にしようとしただけだ。

 こんな事をしようと思っていたわけじゃない。それがなんだ、あれよあれよという間に状況が悪くなって、それがなんで「誘拐立てこもり犯」になりかけているだ。こんな真夜中に。しかも、なぜに、「女」「子供」「老人」の悪のトリンプルコンボの「立てこもり犯」なんだ。おまけに犬までいやがる、確変だ。

 これがスロットなら大儲けだ。勘弁してくれ。順を追って整理をしよう。しなきゃダメだ。

 どんなになってももがかないとダメなんだから。


 まず、どこか警報装置のなさそうな、カメラとかがついてなさそうな店を探した。ここまではいい。ところがこんな真夜中。空いてるのなんかコンビニか牛丼屋か全国チェーンの居酒屋ばっかでこれじゃダメだってんでどんどん街を進んで歩いていっても「ちょうどいい店」が全く見つからねぇ。

 どっかで家族経営の古い時計屋とか街の電気屋とかしょぼいクリーンニング屋とかねぇのか、ってほっつき歩き回ったけど全く良いのが見つからない。良さげなのがあってもこんな夜だ、ばっちりシャッターなんかで閉ざされていて、こっちは空き巣の準備なんてしてないから逆に無理な感じなのばっかだ。

 もうダメかって時にこれでもかって位にベストな昭和レトロな喫茶店があった。しかも電気がついている。やっぱ神さんがいるなって、これもうやれって事だろうって俺は完全にうまくいくイメージができた。

 俺は店の横でモデルガンを構えて何度か練習した。金だせ! ちがうな。動くな! よしこっちだ。まずは動き止めてゆっくりレジを吟味する、だな。デケェ声で脅せば店主の爺さんもビビって伸びちまうかもしれねぇ。そしたらもうこっちのもんだ。


「動くな!」

 これでもかってくらいでかい声で銃を構えて店に押し入った。

 まず想定してなかったのは店内に客がいた事だった。そして、店主の爺さんは客らしい男二人と店の中で何かを飲んでいる。足元には犬だ。まずい番犬だ、と瞬時に思った。

「動くな!」今度は少しトーンを落とした。犬はよく見ると寝ている。起こしたらマズイ。次にポカンとした表情を浮かべる爺さんに銃口を向けた。

「おい、ゆっくりと立ってレジに行け。爺さん、あんたが溜め込んだ金を出すんだ」

 爺さんはゆっくりと立ち上がったが、そのままパクパクと口をさせて動きを止めた。

「どうした。まさかボケちまったのか」

「いや、そうじゃなくて。レジの場所を知らないんだ」

「爺さんの店だろう。下手な嘘をつくなよ」

「あ――、すまん。そのなんだ。悪いが俺が店主だ。この人らは客だ」

 すっと、金髪アロハが立ち上がった。やけに堂々としていやがる。見るからに普通じゃなそうだ。真冬に金髪アロハ。

 なんなら組の筋と言われてもおかしくはない。嫌な展開だ。

「テ、テメェ。さっさと名乗り出やがれ! 早く金を出せ!」

金髪アロハは悪びれない態度で俺に向き合うと、事もなく言い放った。しかもやけに馴れ馴れしい。

「ごめん。うちレジないんだよ。そんなに客来ないからさ、全部財布でやれちゃって。あと、最近はみんなスマホの決済いけちゃうし」 

 言いながら金髪アロハが後ろポケットにゆっくり手を回して財布を引き抜いた。そしてまたゆっくりと中身を開くと札入れから八千円を出した。

「お恥ずかしながらこれ、今日の全部」

ご丁寧にも財布も開いて掲げて見せてきた。ほんとにすっからかんだ。そんくらいなら俺の財布にだって入っている。最悪だ。

「ふ、ふざけんな。なんかあるだろ金目のもの。金が必要なんだ。金になりそうなものをだったら寄越せよ」

 完全にセリフにフラグが立っている、小物感満載だ。こんなんで成功すると思えない、不正解のオンパレードだ。


 少し金髪アロハは考えるような表情を浮かべた。

「多分この店でもともと一番高いのはあそこにあるアイラウィスキーだけど、買っても3、4万だよ。それに昨日封を切っちゃった」と続けた。

 俺があからさまにキレそうな表情になったのか、慌てて言葉を続けた。

「もしかしたら、青年のギターが一番高いんじゃない?」と固まり続けていた若い男に話をふった。

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。佐藤さん。なんで急に僕なんですか。これはだめです」とそばにあったギターケースに手を伸ばして引き寄せた。

「それに、これも安物ですよ。4万8000円でお茶の水の中古屋で買ったんです」

 なぜか佐藤と呼ばれた金髪アロハはもっといいもの使えよ、と軽口を添えた後「だそうだ。すまん。この店には君の求める金目はなさそうだ」と言った。

「だったら爺さんはどうなんだ。あんた年金もらっているだろう、退職金だって。出せよ」

「まってくれ、私は犬の散歩で来ているだけで、そもそも大して持ち合わせてないよ。私だって数千円しか財布にいれてない」

「なんだよ、お前ら貧乏人が!」完全に詰んだ。もうどうしていいかわからない。銃口を犬につきつきた。

「だったら犬殺すぞ!爺さんATMから下ろしてこいよ!こっちは明日まで38万必要なんだよ!」

「やめろ、犬に銃を向けるんじゃない!貴様一体なんなんだ!こいつは今倒れて休んでいる所なんだぞ!」

 犬に銃を突きつた瞬間、急に爺さんは沸点があがってキレ始めた。瞬間湯沸かし器状態。しかもすごい剣幕だ。

 完全に地雷を踏んだ。なんなんだこの店は。まったく俺の見立てと違う。このまま走って逃げようか、と思った瞬間に店内にドアベルの音が響いた。

 カラン、カラン。全員が振り返ると、そこには決め込んだ服装をした綺麗な若い女と小学生だろうかリュックを背負った女の子が目を丸くして立っている。

 親子にしては年が近くて、姉妹にしては年が離れすぎている。


 訳がわかんねぇ、なんだこの喫茶店は。

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