第9話 タダシ②
店の事務所の裏口から入って何か道具がないか探した。
こういう時はできだけ相手がビビる得物が良さそうだが、定番な気がするチャカなんかはそこらのチンピラの風俗店従業員なんかではそうそう持っちゃいない。組の兄貴が持っているだろうけど、その兄貴に収める金を盗む為なんだからそれじゃ本末転倒だ。
事務所のデスクを漁ると誰が置いて行ったのかやたらと大きなカッターナイフが出てきた。目一杯刃を出して見ると、ちょっとした短剣みたいに見えた。これならいけるんじゃないか。でも、カッターだ。カッターを振りかぶる自分をイメージしたがどうにも小物感が否めない。
これは勘だが、強盗で大事なのはおそらく雰囲気だ。こいつに逆らっちゃいけない、そいうムードを出せるか、そこが一番大事なはずだ。後はしっかりと「ヤバそうな得物」であれば十分いけるはずだ。カッターだと追い詰められて、どうにもならなくて強盗に手を出した。そんな感じが透けて見えてしまう。
うん、これに関しちゃ俺は「正しい」はずだ。間違いだらけの「タダシ」じゃない。
ふと、思い出した。店の常連にはやばい奴も多くて、嬢に入れ込んで個人的にプレゼントを持ってくる輩がいる。風俗嬢に惚れて通い詰めるんだから逆にピュアなもんだが、ちょっとどこかずれている奴も多くて、結構な額を払って丸一日シフトを抑えるなんて事もたまにある。
そんな中でも変わっている奴が持ってきたプレゼントを嬢も気持ち悪がって店に捨てて行くんだが、その中でなぜか結構本格的なエアガンをプレゼントした奴がいた。サバゲーオタクの客だったらしいが、案の定、嬢も店に捨て置いた。
俺はちょっと高そうなそのエアガンをどうしようか悩んだが結局、奥の倉庫に突っ込んだきりだった。冴えているぞ、俺。久しぶりに取り出したそのエアガンは本物の偽物、と言った感じでずっしりとして雰囲気抜群だった。
あまりにもガチすぎて米軍の特殊部隊が持ってそうなライフルだったが、後はもう雰囲気でごまかせばなんとかなる気がした。その辺の紙袋に入れてみたがちょっとライフルの柄が飛び出していた。
店を出て、繁華街の公園を横切って街の奥の方へ進んでいく。右手につかんだ紙袋の分だけ覚悟と勇気が出てくるのを感じた。ともかく明日、組の兄貴にバレないようにしなければいけない。
ふと言葉を思い出す。
「間違えるのはあなたがなんとかしようと、もがいているからよ」
名前もちゃんと知らない婆さんの懐かしい声がふと響く。店の裏の公園でいつも休憩時間に見かける婆さんだった。俺は休憩時間をよくその公園で過ごしていた。大抵は、昼飯でカップ麺を食っているか、ミスって兄貴にキレられてへこんでいるか、カップ麺食いながらへこんでいるか、だった。
婆さんはそんな雰囲気を察して話しかけてくれたのかもしれない。俺らはお互い名前も知らなかったが、たまにその公園で出会うと色々な事を話す仲になった。雑談も勿論だが、もっと深い事もたくさん話した。
不思議と俺はこの婆さんを前にするとおしゃべりになり、店の嬢や他の店員の奴らには言えない事もたっぷり話した。そしてなんだかスッキリして前向きな気持ちになった。本当は自分のせいじゃなかったけど店の備品の管理ミスや、団体客にちょろまかされた料金ミスなんかも素直に愚痴をこぼせた。婆さんはいつも犬の散歩の途中でこの公園のベンチで休憩をしているようだった。婆さんの隣には砂地に寝そべる犬がいて、俺はたまに昼飯の残りなんかをこの犬にくれてやった。
俺も自分の話を沢山したが、この婆さんの話も沢山聞いた。名前もお互い知らない俺らは、たくさん話して、たくさん聞いて、その真ん中で静かに犬は寝そべっていた。
「間違えるのはあんたがなんとかしようと、もがいているからよ」
俺が愚痴るとよく婆さんは言った。だからそれは悪い事じゃないの。もがいていればいつか必ず正解になるの。婆さんは「自分はもがけなかったから。あなたはやり切るんだよ」そう言って言葉を続けた。
「私はもがけなかったの。私の後悔を正解にする為に、やってしまった過ちと折り合いをつけるためだけに、これでよかったんだってそう思うためにずっと生きてきた。だから私はもがかなかった。でもそれはまた別の後悔を生んだだけかもしれないの。だから、そんな後悔をあなたはしちゃダメよ。」
いつだったか、婆さんはその「昔の後悔」を話してくれた事がある。ずっと昔の、俺が生まれるより前の事だと言っていた。
これは婆さんの言う「もがき」になっているだろうか。俺は馬鹿だから分からないけど、別に不真面目じゃない。真面目に今これをやるしかねぇって、そう思っている。
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