第7話 リョウコ②
終バスを逃して改めて、地元のこの街を私は呪う。
私の住んでいるこの町は都内に出るのはそんなに遠くないけど、この家と最寄りの駅の距離感が本当にありえない。何よりも実家の「最寄り」がバス停と言うのが許せない。朝とか夜は結構な本数が走っているし、だからこそ就職しても家から通えているのだけど、そもそも都内に住む同期の話を聞くとやっぱりありえない。基本、地下鉄。飲んでタクシーで帰れるとか最高だ。
慎吾の家は良かった。
ほぼ、最高。麻布十番、徒歩5分、一階には美味しいフレンチも出す焼き鳥屋さん。さすがは広告代理店の営業マンだ。付き合いたての時良くその焼き鳥屋で慎吾の仕事が終わるのを待っていた。
私はまだ大学生で、サークルでよく行く激安焼き鳥チェーンでは絶対出てこない赤ワインソースのレバー串なんかを頼んで大人ってすごいな、と馬鹿みたいにワクワクしていた。焼き鳥なのにフレンチだなんてもったいなくないか、バラバラに2軒出したほうがよくないか、なんて思いながらこれまた白ワインを飲みながら慎吾を待つのが私は大好きだった。サークルの同期や高校時代の友達たちがきっとまだ知らない味を、私は知っている。
あの時私はまだ21歳で、就職活動中で、倍率何百倍を勝ち抜いた慎吾みたいなエリートと付き合っている事はまるで特別なチケットを持っている気分でいた。実際、慎吾はたまにイベントの関係者チケットをくれたりもした。
慎吾と付き合ったのは、就職のためのOB訪問という名前の合コンだった。
私はその合コンに、ある同級生の女の子から誘われて参加した。私はその時大学3年生で、大学が主催する就職セミナーでマスコミ志望者向けの講義を受けていた。講義の後、教室を出ようとすると呼び止められた。
大学に入学した時の新入生オリエンテーションでたまたま横の席に座っていて、入学当初少しだけ行動を共にした同級生の子だった。新入生の時の彼女はすごくキラキラしていて、入学したばかりなのにアナウンサーになるからミスコンに出るといっていた。きっとこれまでの人生ずっと可愛い側で生きていて、クラス内のポジショニングやグループでも生きづらさなんてのとは無縁な人生だったのだろう、と思えた。
その後、彼女は広告研究会に入ったと聞いた気がするがもう2年以上連絡を一度もとった事がなかったし、彼女がミスコンにでている姿も見た事がなかった気がする。久しぶりに出会った彼女は少し化粧が強くなった気がする。彼女はアナウンサーはやめて今は広告会社に入ろうとしている、と言った。しばらく立ち話をして近況や就活の話をしていたら、今度の週末空いている?と聞かれた。
「業界の人と飲みに行くから就活の事とか業界の話とか色々聞けるよ。今、普通のOB訪問はあんま意味なくて、そんな風にしないと。私の会は可愛い子ばっかりで通っているから結構有名な会社のバリバリの人がくるから。どうせ会社入ったら女だっていうの不利なら、入る時くらい女の子使わないとね。涼子、可愛いから来てよ」
飲み会の場所は良く覚えてない。六本木だった気もするし、赤坂だった気もする。ともかくそんな風にして私は慎吾に出会った。
あの後色々あったけど、楽しかった思い出の方が多いと思う。大学を卒業して私は結局行きたかったマスコミには入れなかった。
テレビ、雑誌、広告。多分、色々な業界を受けたのも良くなかったのかもしれない。あの時、私はまだ若くて、出会った世界が何か特別なチケットを用意してくれていると思っていた。そして私の場合それは慎吾だった。
ただ、結局、私は何のチケットも掴んでは無かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます