第6話 ココア

 いきなり受験をしなくていい、と言われた時には「やった、神」って思った。


 だけどその次に離婚するって言われた時に「は?」ってなった。何より「名古屋に行く」と言われて「意味不明、地獄」って思った。

 そしてすごく悪い事をした時に怒られたみたいに心臓がバクバク言っていた。

 

 ママもなんで塾への送りの車の中で言うんだろう。おかげで今日は何にも先生が言っている事をノートできなかった。訳分からない。いつも高い金払ってんだからちゃんとやらせろってパパに怒られているに。あ、でももう受験しないから関係ないのか。ママとパパは心愛がちっちゃな頃はそうじゃなかったけど、最近じゃ喧嘩してない時が少ないくらい。

 しかも大体が心愛の成績の事だから嫌になる。お仕事がお休みの日に昔はよくパパが連れて行ってくれたモールのクレープデートもなくなっちゃった。と言うより最近はパパがお休みの日が少ないのか日曜日に家にいる事が少ない。それでまたママがパパと言い争う。

 一葉女子に入れたいって言ったのはお前だろ。塾だってバレエだって全部金を払っているの俺だぞ、いくらかかっていると思っているんだ。バレエは4年生で辞めちゃったから、そんなふうにパパが言うとちょっと辛い。

 悪い事をした時に怒られた時みたいに心臓がバクバクしちゃう。


 そんな事を思い出していたら、急にママが迎えに来る車に乗るが怖くなった。


 なんてママに言っていいのか分からない。塾を出てもママがまだ着いてなかったから、雪菜にバイバイって言って自然な感じで、全然分かんないけど適当な方向に歩きはじめた。


 塾は受験前の追い込み期(先生が言ってた。ある意味テンノーザンの夏より大事らしい)だからもうすっかり夜も夜。

 心愛はこんな夜に街を歩いた事がなかったからちょっとオッカナビックリだった。キラキラした看板に、大人のお兄さんお姉さんばかり。多分みんなお酒を飲んだ後だ。カラオケ(心愛はよく昔パパと行ってたことがある)なんて列ができているし。もちろん心愛みたいな子供は一人もいない。ちょっと得意になってどんどん奥の方に歩いて行った。

 しばらくするとママからたくさん電話がかかってきたけど、最初の1回を無視すると怖くなくなった。


 そう言えば塾をやめるなら雪菜ともバイバイになってしまう。

 受験は嫌だったけど、雪菜と会えなくなるのは嫌だった。雪菜とは一緒に一葉女子に入ったら女子バスケやるのを誓ったから、雪菜は怒るだろうなと思うとまた心臓がバクバクいった。

 バスケはママもパパも知らない心愛と雪菜の秘密。雪菜の小学校ではバスケが流行っている。最初はバスケのなんとかって言う選手がかっこいい、から始まったけど、今や休み時間の度にクラスみんなでバスケをしているらしい。心愛の学校じゃ考えられないけど、女子と男子も一緒にやっているらしい。男子と仲悪いのはつまんないからちょっと心愛は羨ましいと思った。学校の友達たちには男子と仲良いのいいな、とか絶対言えないから、雪菜にそう言ったらバスケがあったからよ、となんかかっこいい事を言われた。

 それでちょっと気になって、それから夏季講習の時に二人してスマホで廻し読みしたバスケのマンガを読んで心愛はどハマりした。まだボールをちゃんと触った事はないけど、心愛はバスケに向いてるんじゃないかって思う。

 ほんとはバレエなんてちっともやりたくなかったから、中学に入って一葉でバスケをやると考えるととってもテンションが上がった。きっと一葉に入ればママもパパも心愛がバスケをやりたいって言っても、いいよって言ってくれる気がした。


 マンガのカッコいいシーンを思い出して台詞を真似ていたりしたら、かなり街の奥の方まで来てしまった事に気がついた。

 ありゃ、どっちを曲がって来たんだっけ。お店もまばらだし、おっきな道もないからちょっと分かりづらい。怒られるだろうけどママに電話して来てもらおう。そろそろ寒くなってきたし。と思って携帯を開いたら携帯が死んでいた。

 ママが電話をたくさんかけてきて、気がついたら電池が切れてしまっているみたいだった。


 やばい、背中にへんな汗と心臓がバクバクいっている。とにかく戻ろうと思って、後ろに引き返したけど全く見覚えがない景色でそもそも前なのか後ろなのかが分からなくなった。

 そしてさっきまでとちがって見渡す限り誰もいない。ママが言っていた。夜は危ないから、変な人が沢山いるから。最近の世の中は危ないから、心愛みたいな子供を狙ったハンザイばっかりらしい。

 どこかも分からない場所に危ない夜に一人でいるのが急に怖くなってきた。今にもその角からヘンシツシャが出てくる気がした。


とにかく戻らなきゃ。リュックをギュッと持つととにかく走り出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る