第43話・【没落令嬢のダンジョン生配信 その13】

「猫が子供になった?」

「え、ベルノって……なんなんすか、いったい……」

「猫に見えて猫じゃないって言ったでしょ?」


 混乱して固まるショーンとコネリー。セルケトとベルノを交互に見ながら、雑然とする頭を必至で整理しようとしている。


 これに驚いたのは視聴者もだった。コメントは見てないけど、盛大に”チャリンチャリン“と聞こえてくる投げ銭の音が物語っていた。


「素晴らしいですわ、このペースならすぐに負債が返せそうです」


 そして、とことん冷静なイノリさん。目の前でベルノが猫耳幼女に変身してもまったく動じていない。おそるべし。


「ミナミニャ~、ちょっと低くなるニャ」


 と、僕の尻をぽふんっと叩くベルノ。


「え?」

「早くするニャ!」


 顔を押さえて悶えるセルケトを横目に、僕はベルノの言う通り片足立ちになった。するとベルノは腰から背中にかけて、血がにじんでいる爪あとをなで始めた。


「痛いの痛いの~」

「ベルノ、いったいなにを?」

「飛んでいくニャ!」


 掛け声と同時に、ベルノの手からよくわからないが放たれた。それは”ふわふわほわわ~ん“と飛び、洞窟のすみで気を失っていたアナキンの筋肉ダルマに当たった。


 ――パチンッと音をたてて割れる、モヤッとしたなにか。


「痛っっってぇ! なんだオイ! なにしやがった!?」


 直後、飛び起きる筋肉ダルマ。当たった所には、赤々とした傷がいくつもついていた。それは、まるで猫に爪を立てられたような傷あとだった。


「……あれ?」

「いかがされました? ミナミお嬢様」

「痛みがない……」


 ベルノが爪を立てて駆け上がった僕の背中。そこに残っているはずの傷の痛みが全くない。いや、痛みどころか傷あとすらなくなっている。


「”痛い“を投げたのニャ!」


 ベルノが僕の怪我を筋肉バカに移したの? いや、移したというよりも、投げた”モヤッとしたなにか”に当たったら移るのか。


 これは何気にとんでもない能力だ。怪我を直すと同時にダメージを相手に返せる、回復と攻撃が同時に行えるスキル。かなめが言っていた『ベルっちが活躍してくれたんスよ』とは、この能力の事なのだろう。

 

 ……痛みを取って投げる力。ペインスローとでも名づけるか。


 ベルノは続けてあおいさんの傷も投げ飛ばした。短い手で必死になでる姿は、それだけで場の空気が和んでしまう。可愛いのに凄い。いや、萌え可愛くてめちゃ凄い。


「驚いたわね……」


 葵さんに頭をなでられ、なんとも幸せそうな顔のベルノ。『尊いですわ~』と無理矢理インキャで撮るイノリさん。チャチャチャチャリチャリと、凄い勢いで入ってくる投げ銭。


「ボロい商……」

「イノリさん、しーーー!!!」


 ちなみにベルノが投げた二つ目の”モヤっとしたなにか“は、またもや筋肉バカに当る。先ほどと同じ悲鳴が聞こえ、その場で転げまわっていた。


 ……猫の爪って、妙に痛いんだよなぁ。傷あとも残るし。


「ううう……よくも、よくもあちきの美しい顔にぃぃぃぃぃぃ」


 セルケトの残った右目が赤黒く光を反射し、殺気を乗せて僕らを射抜いてきた。凄まじい形相だ。


「ハッピさん、最大火力で殴って!」

「なにか作戦があるの?」

「試したい事があるんだ。ショーン、コネリー、ハッピさんをガードして!」


 葵さんはセルケトの前足に打撃を集中した。インパクトの瞬間、拳から爆炎が上がり、甲殻の表面を黒く焦がす。3発4発5発と続けて打ち込むと、黒ずんだセルケトの甲殻はだんだんと灼赤色に変わっていった。


「ハッピさんの炎魔法って、あんなに火力があったのですね」

 

 と、イノリさんは感心するするが、実はそうではない。もちろん転移者補正があるのだから、葵さんにもそれなりに魔法の力がある。

 

 それでも、彼女だけであれだけの火力をだす事はできない。


 実はこれ、僕の水魔法との相乗効果だった。僕の魔法は水の操作。視認できる範囲の水を操れる能力だ。


「空気中の、乾燥させる事で彼女の火力が上がったんだよ」

 

 カラカラの空気は炎を活性化させ、青紫の炎となって甲殻を焼き焦がす。


「なるほど。ミナミお嬢様、さすがですわ」


 と、今回ばかりは素直に感心するイノリさん。


 でも、空気中の水分なんて、とてもじゃないが視認できるものじゃない。それでも視界の中に確実に存在しているのだから、操作できる可能性はあった。


 ま、試してみたら上手くいっただけだなんて、口が裂けても言えないな。


「ハッピさん、あと一撃。全力で!」


 葵さんは右足を軸にして身体をひねり……


「まかせな……」


 ショッキングピンクの軌跡に炎をまとわせて蹴り上げ


「さい!!」


 青く燃え上がり、ドンッと小爆発とともなう最高の一撃を叩き込んだ! 


 ――真っ赤に腫れ上がる甲殻。僕は狙いすまし、水弾を撃ち放った。


 ジューッと水蒸気に包まれると同時に、ピキッと小さな音が聞こえ、セルケトの甲殻にヒビが走る。


「やっとワイの出番やな」


と、ナロー執事長が剣を構えた時の事だ。


「おいてめぇら、俺様を抜きにして好き勝手やってんじゃねぇ!」


 突然、葵さんのうしろからしゃしゃりでてきたのは、アナキンリーダーの筋肉バカ。僕らが有利なのを見てチャンスと思ったのだろうか。


 彼は大剣を振り回しながら、能天気にセルケトに近づきながら、恨み節をブツブツと口にしていた。


「そこ危ないって。戻って!」

「うるせぇ。一発殴らなきゃ気がすまねぇんだよ!」


 しかし彼は気がついていなかった。視界の外から、セルケトの巨大な尻尾が彼に狙いを定めていた事に。


 人間に害をなすモンスターであっても、生き物である以上、死にたくないのは当然の話だ。これは命のやり取り。だから最後まで足掻く。そんな所に無警戒な獲物が飛び込んで来たら、最優先で狙うのは自明の理だろう。


 静かに、そして素早く。弧を描いた毒針は、筋肉バカの頭上から襲い掛かった。


 ――その時、咄嗟に動いたのがあおいさんだった。


「この、バカちんがぁ!」


 葵さんは左ハイキックでセルケトの尻尾を弾き飛ばすと、そのままミドルキックを筋肉バカの横腹にぶち込んだ。


 彼は自身の身になにが起きたのか、まったく理解していないだろう。いきなり蹴り飛ばされて、またもや洞窟の壁に叩きつけられたのだから。


「ほな、改めて……」


 ナロー執事長はヒビのはいったその一点めがけ、シュッと行ってドンッと剣を突き立てる。高温から一気に冷やされた甲殻はもろく、鋭い剣先は深く入り込んだ。体液のようななにかが吹きだし、突き刺さった剣にべっとりとまとわりつく。


「イノリさん、今!」

「いきますわ、サンダー……ブレイク!!!」


 どこかで聞いたような雷魔法だ。彼女の指先に集まった黄色い閃光が、バチバチッと弾ける音とともに、突き刺した剣に向かって真っすぐに走った。


 体細胞を電気が伝い、全身に広がって麻痺を引き起こす。スタンガンやテーザー銃の効果と一緒だ。さらに今回は甲殻が壁になって、体外に放電されないのもプラスに働いていた。


「よし、セルケトが動けないうちに……」



「――ミナミお嬢様、ハッピさんが!!」



 イノリさんの叫び声に振り向くと、葵さんがバタリと倒れていた。呼吸が荒く、脂汗がすごい。


「え、葵さん?」


 目が虚ろだ。血の気が引いて、唇が紫になっている。


 ……まさか、セルケトの毒を受けてしまったのか!?


 

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【異世界スゴロク】止まったマスで転移する呪いの冒険譚 ~ゴールしなければ生き残れない~ 幸運な黒猫 @BulletCats

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