エピソード9 —知らない君と僕—

 「こっち!」

 少女はレイヴァンの手を引いて、細い路地へと駆け込んだ。


 街の雑踏とは打って変わって、ひんやりとした影が落ちる裏道。建物の間をすり抜けながら、少女は迷いなく道を選んでいく。


 「待てっ! あの二人を捕まえろ!」

 警備隊の怒号が背後から響く。


 レイヴァンは走りながら、ちらりと隣の少女を見た。


 (なんで、こいつは俺を助けた?)

 彼女に助けを求めた覚えはない。昼間、人違いだと謝って立ち去ったはずの少女。


 ——それなのに、なぜ?


 「ここ!」

少女が突然、脇道へと飛び込む。


 レイヴァンも反射的に後を追った。


 そこは——細い裏道の奥にある、小さな扉の前だった。少女は素早く鍵を取り出し、扉を開けるとレイヴァンを中へと押し込む。


 「入って!」

 ギリギリのところで扉が閉まり、すぐ外を数人の兵士が駆け抜けていく。


 「……消えた?」「どこへ行った?」

 兵士たちが焦ったように声を交わすのを聞きながら、二人はじっと息を潜めた。


 やがて兵士たちの気配が遠のく。


 「……ふぅ」

 少女が静かに息を吐き、レイヴァンもようやく気を緩めた。


 改めて周囲を見回すと、そこは書棚が並ぶ小さな部屋だった。


 「……ここは?」

 「私の家……というか、書庫みたいなもの」

 少女はそう言って、窓の外をそっと確認する。


 レイヴァンは改めて目の前の少女を見た。


 腰まで届くゆるいウェーブの髪、綺麗に澄んだ瞳。
動くたびに髪は軽やかに揺れ、カーテンの隙間から漏れた夕陽が、栗色の髪を淡いブロンド色に変えていく。


 ——幻想的な光景だった。


 昼間、突然自分の名前を呼び、涙を流した少女——。


 (やっぱり、どこかで見たことが……?)

先程来たばかりの異世界で、ありえない考えに疲れてるんだと思った。


 「助かった。でも……」

 レイヴァンは少女真っ直ぐ見つめ、疑問を口にする。


 「なんで俺を助けた?」

 少女は一瞬、言葉に詰まったように目を伏せる。だが、すぐに顔を上げて、静かに答えた。


 「……あなたが、困っていたから」

 それはまるで、自分に言い聞かせるような声だった。


 レイヴァンは彼女の瞳を覗き込む。

 (それだけ、か……?)

だが、それ以上問い詰めることはしなかった。


 その時——。


 「ぐぅ……」

 静寂を破ったのは、レイヴァンの腹の音だった。


 「……」
 「……」


 沈黙が落ちる。


 「……お腹、空いてる?」


 「……まあ」


 カレンはくすりと笑い、立ち上がった。

 「簡単なものしかないけど、何か用意するね」


 そう言って、奥の部屋へと向かう少女の後ろ姿を見送りながら、レイヴァンは考えていた。


 ——この女は、何かを隠している。

それだけは確信できた。

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