エピソード8 —洗礼—

 異世界の街は活気に溢れていた。

レイヴァンは人混みの中を歩きながら、異世界ならではの景色を興味深そうに眺める。


 (……すげぇな)

 

通りを行き交うのは、様々な種族の人々。獣耳の女性が果物を売っていたり、ローブをまとった男が魔法の道具を並べていたりする。路地裏には胡散臭(うさんくさ)い露天商もいて、商人たちの掛け声が飛び交っていた。


 レイヴァンはふと、腹が鳴るのを感じた。


 (そういや、何も食ってないな……)


 金を持っていないのは分かりきっている。だが、異世界の食べ物には興味があった。


 そんなとき、ふと通りの屋台から香ばしい匂いが漂ってきた。


「お兄さん、そこの旅人さん!」

 通りの屋台から、陽気な笑顔の男が手招きしていた。


 「腹が減ってるんだろ? 旅人にはサービスだ、一つ食っていきな!」


 差し出されたのは、豪快な骨付き肉

表面はこんがり焼かれ、肉汁が滴っている。


 「……いいのか?」


 「いいとも! 旅人さんには優しくしねぇとな!」

 レイヴァンは一瞬警戒したものの、腹の虫には勝てず、肉を受け取った。


 ひと口食べると——

外は香ばしく、中からは肉汁が溢れ出す。スパイスの効いた濃厚な味わいが広がり、無意識にもう一口食べていた。


 「……うまい」


 「だろ? ここの街で一番の肉だぜ!」


 レイヴァンは黙って食べ続ける。屋台の親父はにやにやと笑いながら、それを見ていた。


 「で、お兄さん」

 レイヴァンが顔を上げると、親父の表情がガラリと変わった。


 「金、持ってるよな?」

 

 「……持ってない」

 正直に答えた瞬間、親父の顔が一気に険しくなる。


 「おいおい、冗談じゃねぇぞ! こいつ、食い逃げだ!!」


 大声が市場に響き渡る。

周囲の人々が振り向き、ざわめきが広がる。


 (クソ……!)


 「おい、何の騒ぎだ!」

重い鎧の音とともに、屈強な男たちが駆け寄ってくる。

(街の警備隊か——)

兵士たちが状況を確認し、すぐにレイヴァンを鋭く睨みつけた。


 「食い逃げの犯人はこいつか?」 


 「ああ、間違いねぇ! コイツ金持ちねぇのに肉を食べやがった」

親父がわざとらしく騒ぎ立てる。


 (……やられた)

 この流れでは言い訳しても無駄だ。


 「そこのお前、大人しく来てもらうぞ!」

 警備隊の一人がレイヴァンの腕を掴もうとする。


 (捕まるわけにはいかない)

レイヴァンは捕まれそうになった腕を素早く振り払った


 手に持っていた骨付き肉を屋台の親父に向かって投げつける。


 「うおっ!? てめぇ、何しやがる!」

 親父がよろめいた隙に、レイヴァンは一気に駆け出した。


 「待て! 逃がすな!」

 警備隊の怒号が飛ぶ。


 (クソッ、厄介なことになったな……)

 人混みをかき分けながら全力で走るが、兵士たちの足音はすぐ後ろに迫っていた。


 (このままじゃ捕まる……どこかに逃げ道は——)


 「——こっち!」

横の路地から、少女の声がした。

振り向くと、昼間出会ったあの少女がいた。 


 「早く!」


 迷っている時間はない。

レイヴァンは、彼女の差し出した手を取った——。

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