春、夢現、信号と花
三角海域
春、夢現、信号と花
ビートルズのアビイ・ロードのジャケットみたいだな。
バスの窓から眺めたその光景からそんなことを考えた。
ただ道を行く人々はあのアルバムのジャケットのように大股気味ではなく、杖をついて少しずつ歩を進めている。
信号が点滅してもまだ数人は道の中ほどにいる。間に合わないだろうなと思う。実際そうなった。
不謹慎だろうか。けれど、縦に綺麗に並んだその規則正しさはあの写真をどうしても思い出させる。
バスを降りて歩き出す。
よく晴れた日。数日前まで寒かったが、その日はいきなり春がきたみたいに暖かくて、なんだか夢の中にいるみたいだった。
そのせいか、ぼんやりしている。前日あまり寝ていないのもあるかもしれない。
しばらく歩いた先。開けた道の隅に厳つい兄さんたちが並んで座り、電子タバコをふかしながらロング缶のチューハイを飲んでいた。
並んでいるものをよく見かけるなと感じる。
なにやら楽しそうに話しながら、それでもどこか疲れを感じさせる哀愁があった。
仕事終わりなのかもしれない。
歩き続ける。家へと続く道がやたらと長い。いつも通りの道をなぞっているのになんだか迷っているみたいだ。
坂をのぼっていくと、向かいから「〇時〇分○○〇〇!」と言う声が聞こえてくる。時刻と、おそらく何かしらの番組名。それを大声で唱えながら老人が歩いている。
大股で歩いている。先程のアビイ・ロードとは違う。
すれ違い、面白い人もいるなと思って歩いていると、「わぁ!」という悲鳴が聞こえてきた。振り返ると、自転車が生垣に突っ込んでいる。歩く番組表の老人がいきなり前に出てきて、それを避けたらしい。
引き返し、助け起こす。ありがとうございますと頭を下げ、その人は自転車で走り去っていく。
後ろの方から、まだ「〇時〇分○○〇〇!」と聞こえてきた。
おかしな気分だ。なんだか町がギラギラしている。いろんな光景が次々と展開され、やたらと疲れる。
遠い。現実が、遠く感じる。
信号待ちをしながら、自分がいまどこにいるのかが曖昧になっていく。
「すごいねぇ」
そんな風にしていると、横から声がした。
見ると、電柱の下から生えた小さな花をおばあさんが愛おしそうに眺めていた。
「強いねぇ。こんなところでこんなにきれいに咲いてねぇ」
僕に話しかけているのか、ひとりごとか。あるいは、花に向けての言葉かもしれない。
「強いねぇ。綺麗だねぇ」
優しい声だ。その声が妙に染みる。
信号が青に変わる。僕はまた歩き出す。
少しだけ、現実に戻ってきた感覚がある。
生きようと思った。
なぜだかはわからない。ただ、考えるのはやめようと思った。
生きよう。
それだけでいい。
春、夢現、信号と花 三角海域 @sankakukaiiki
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