第5話 和菓子舗くぬぎ

「ましろちゃん、あれだよ」

 指さした先の建物は煉瓦を模したカーキ色の外壁の二階建てビルで、前面の一階部分はガラス張り、厚手の布の庇オーニングが張り出し、入口に深緑色の暖簾が掛かっている。横の看板に『和菓子舗わがしほくぬぎ』とあった。


「道路側がお店で、奥が調理場と店主の堂島さんの住まいになっている。二階は木型や包装資材の倉庫にしているそうだ。お店の中にお茶席があって、そこに棲みついているあやかしがいるんだ」

 大むじなの言葉にましろは小さく頷いた。

「入ってみよう。ましろちゃんは隠形おんぎょうして付いて来てくれ」

 ましろは姿を透明にし、二人は暖簾をくぐった。


 カウンターを兼ねたショーケースに饅頭や生菓子が並んでいた。カウンターの横に緋毛氈を敷いた縁台があって、お客がくつろぐお茶席になっている。

「いらっしゃいませ」

 応対したのは半袖ブラウスにリーフグリーンのスカート、胸当てエプロンを着けたショートボブの女性店員だった。

「手土産に菓子折りが欲しいんだけど、お薦めはあるかな?」

「こちらの『地蔵さまのほっぺ』はいかがでしょう。新発売の商品で、評判がいいんですよ。粒あんの入った大福です」

 店員が指し示したのはケースの中の小ぶりな大福だった。乳白色の生地にえくぼのような小さな窪みが付いている。

「じゃあ、十個入りをひと箱もらおう」

「かしこまりました。あちらのお席でお待ちください。お茶もお出ししますので」

 店員は笑顔で大むじなをお茶席に導いた。


 お茶席とカウンターの間には篠竹しのたけ衝立ついたてが立てられ、視線が遮られていた。壁沿いは雪見灯篭や山に見立てた石塊を置いた坪庭になっている。大むじなは緋毛氈が敷かれた縁台の坪庭に近い席に腰かけ、ましろもその隣に座った。

「ましろちゃん、隠形を解いてもいいよ」

 大むじなが囁き、ましろが姿を顕わにした。


 大むじなは坪庭の方を向き、小声で話しかける。

「ねえ、黒鉄くろがねさん、朱音あかねさん、白銀しろがねさん、お話があるんですが」

 雪見灯篭の火袋ひぶくろの部分から三体の妖が顔を出した。狐の形をしているが大きさは手のひらに乘る程、毛の色は黒、紅赤べにあか、銀と異なっている。

「久しぶりじゃの、大むじな」

「変わりは無かった?」

「腹が減ったよ。なんか食わせろ」

 三体は口々に話し出した。


「ご紹介します。座敷わらしのましろちゃんです」

 大むじなの言葉に、三体は火袋を出てましろの足元に近寄った。

「なるほど、座敷わらしじゃ」

「まあ、かわいい」

「へええ、これが」

 ましろは三体を見て、目をぱちくりさせている。

「ましろちゃん、このひとたちはくだぎつねの黒鉄さん、朱音さん、白銀さんだよ」

「くだぎつね?」

「山で修行する修験者に付き従ってよろずの仕事をこなす妖さ。人や物を運んだり、命じられたものを見つけて持ってきたりするんだ。今はあるじ無しでここで暮らしている」

「そうなのね。ましろです、よろしくお願いします」

「ふむ、よろしく」

「こちらこそ」

「それで用件は何だい?」


 大むじなは上体を屈め、くだぎつねたちの方へ身を乗り出した。

「ましろちゃんは長年の棲み処を無くしてしまったんだ。新しい棲み処を探して二人で町の中を巡っているところさ。このお店は棲み処としてはどうなんだね?」

 くだぎつねたちは顔を見あわせる。

「それは気の毒じゃが、ここの店は……」

「どうなんでしょ?」

「おいらたちだって……」

 黒鉄が朱音と白銀に目配せして、ましろを見上げた。

「ここは最近居心地が‥‥‥しっ!」

 黒いくだぎつねが衝立をにらみ、耳をぴんと立てる。

「来たっ、隠れろ」

 くだぎつねたちは素早く緋毛氈の下に潜り込んだ。ましろもあわてて隠形する。


「お茶をお持ちしました」

 お盆を持って現れたのは先ほどの店員だった。

「お茶をどうぞ、ほっぺもご試食ください」

 店員は湯飲みと大福を載せた小皿を縁台に座る大むじなの脇に置いた。

「作りたてですので、ぷにぷにの柔らかさですよ」

 微笑んだ店員は続けて縁台にお茶と大福を載せた小皿を置いた。そして、

「お嬢ちゃんも熱いお茶でよかった?」

隠形したましろの顔の位置に向けて問いかける。驚いたましろは反射的にくいくいと頷いた。店員にはその姿は見えないはずだったが、

「よかった。ゆっくり味わってね」

と、得心して戻って行った。


 その姿が完全に見えなくなった後、黒鉄が緋毛氈の下から首を出した。

「あの店員じゃよ。最近雇われた娘なんじゃが、どうもわしらの姿が視えているみたいなんじゃ」

 そして、

「あたしたちが隠形していても」

「ちらちらと視線を向けてくるんだ」

 朱音と白銀も説明に加わった。


「今のところ、わしらに話しかけてくることは無いし、わしらをどうかしようと言う素振りも無いんじゃが……」

「姿を見られているのは」

「どうも落ち着かないんだ」

「わしらは灯篭の中とか隠れる場所があるが、ましろちゃんはどうかの」

 黒鉄が取り纏めて問いかけた。


「なるほどね」

 大むじなは口元を引き締めた。

「視える人間がいるならちょっと考えないといけないな」

「それより」

 白銀が縁台の上に上って来た。

「これ、おいしそうだ」

 大福を載せた小皿の前で蹲(うずくま)る。


「じゃあ、分けっこしましょ」

 ましろは小皿に添えられた菓子楊枝で大福を四等分した。小皿を持ち上げて銀に差し出す。

「さあどうぞ」

「あ、ありがとう」

 四等分された一つを前足で器用に取り上げる、

「黒鉄さん、朱音さんもどうぞ」

「おお、すまんの」

「いただきます」

 黒鉄と朱音も縁台に上がって来て大福を受け取った。


「うむ」

「柔らくて」

「弾力がある」

 満足げなくだぎつねたちを見て、大むじなとましろも大福を口に運んだ。

「確かに」

「おいしいです」


「さて、どうしたものか?」

 食べ終わり、思案する大むじなにくだぎつねたちは、

「わしらはこの店に一緒に棲んでもらってもかまわんがな」

「人間にずっと見られているのって」

「どうなんだろう」

 と言葉を連ねる。そして、

「どうであれ、ましろちゃんがこの町に棲めるよう、わしらは協力するぞ」

「おいしいお菓子を」

「いただいたもんな」

 協力を約束したのだった。


「どうかよろしくお願いします」

 ましろが改めてくだぎつねたちに協力をお願いし、出来上がった菓子折りを買った大むじなと共に、和菓子舗くぬぎを後にした。


 歩きながら大むじなが姿を顕したましろに語りかける。

「隠形した妖を視る事が出来る人間が時々いるんだ」

「そうなの?」

「妖に害をなすやからとは限らないんだけど、本性ほんしょうが分かるまでは近づかない方がいい」

「わかりました」

 そして、大むじなとましろは次の物件に向かった。

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