第3話 いつき不動産
次の日の朝、峠から歩いて下りて来たましろは、おこんから教えられた不動産屋の前に立っていた。不動産屋はモルタル壁の四角い二階建ての建物の一階部分だった。正面のガラス戸には物件紹介の四角い紙がたくさん貼り出され、その上にカッティングシートの切り文字で『いつき不動産』と掲げられている。建物の横には二階に上がるための階段が外付けされていた。
ましろはガラス戸越しに中の様子を窺がった。カウンターの向こうが事務室になっていて、女性社員が机に向って事務仕事をしている。この人がおこんさんの言っていた友達なのかしら? ましろは手を一度ぎゅっと握り、顔を上げて扉を開けた。
「こ、こんにちは」
女性社員がましろを見て立ち上がる。ふっくらとした体つきで白いブラウス、ひざ丈の紺のスカートと言う姿だ。
「いらっしゃい…… あれ、あなた」
事務所の奥へ振り返り、大きな声で、
「お父ちゃん、出て来て。お客さんが‥‥‥」
と呼びかける。事務所の奥の扉が開いて、
「なんだい、大声で」
年配の男性が顔を出した。五十代ぐらいで小太り、髪はやや薄めだ。
「おや、これは……」
ましろを見て、背筋を正した。
「すみません、少しお待ちを」
しばらくして出て来た男性は、きちんとプレスされた生成りのシャツにベージュの蝶ネクタイ、茶色いツイードのテーラードジャケットと言う服装だった。
「遅い。着飾たってあまり変わんないのに」
女性社員の愚痴に男性は
「そんなこと言っても、初対面の方に失礼はできないだろ、ねえ」
とましろに笑顔を見せる。
男性はましろをカウンターの横の応接セットに案内し、女性社員と共に対面に座った。
「お初にお目にかかります。ご覧のとおり、不動産屋の社長と社員に化けてこの町で暮らしておりますが、その実体は大むじなと」
「娘むじなよ、よろしくね」
女性社員が言葉を引き継いで、正体をあっさり明かす。
「あなたは座敷わらしですよね……」
「はい、ましろと申します」
ましろの言葉に大むじなは頷いて、
「どうしてうちを訪ねて来られたのですか?」
身を乗り出して訊ねた。
「わたしはずっと山奥のおうちに棲んでいたんですけど……」
ましろはここに来るまでのことを説明した。そして、
「おこんさんがこの町に棲むことを勧めてくれて、そして、あなたたちに棲む場所を教えていただけるかもと」
「なるほど、新しい棲み処を探しているのですね」
大むじなは人差し指で
「長く暮らした棲み処を失うのはつらいものです。でも、捨てる神あれば拾う神あり、人間たちは飽きずに新しい住まいを作り続けていて、その中には
「そうなんですか?」
ましろは目をぱちくりさせた。
「ええ。まあ、勝手に棲みついてるものとか、人間にもメリットがあるものとか、いろいろあるんですけどね」
大むじなはましろを見つめ、問いかける。
「どうでしょう。ご案内しますから妖が棲んでいる建物をいくつか見てみませんか? 新たな棲み処を見つけるヒントになるでしょうし、もしかしたらましろちゃんが一緒に棲めるものもあるかもしれません」
「お願いします」
ましろは大むじなに頭を下げた。
「でも、ご迷惑ではありませんか?」
「私たちもね」
大むじなは目を伏せ、娘むじなにちらりと目を走らせた。
「あなたと同じように、何もかも失ってこの町に流れて来たんです。その時、ここの先代社長に助けていただきました。社員として仕込んでくれて、ここで働くことができるようになったんです」
大むじなは視線を横の飾り棚の写真立てに向けた。
「先代社長は人間でしたけど、そのご恩は決して忘れません。いろいろあって今は私たちが会社を運営しています。恩返しの意味で、困窮してこの町にやって来られた方がおられたらお助けするようにしています。まあ、出来る範囲に限られますが」
「お父ちゃんは贅肉がいっぱいでまだまだ搾れるからね。遠慮せずにどんどん世話になればいいよ」
娘むじながちゃちゃをいれる。大むじなは苦笑して立ち上がった。
「じゃあ、さっそくご案内しましょうか」
「はい、お願いします」
こうして、大むじなとましろの町内行脚が始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます