オールドルーキー、冒険者デビュー

第6話 受付嬢の心配と美形な少女(幼女?) 〜市場価値

「手伝ってもらえるのはありがたいが、いいのか?」


 冒険者として初めての仕事をこなすにあたって、「果たして自分はどれだけの事ができるのか?」という不安はある。


「はい。ちょうど手も空いていますし、わたし自身も初めてのお仕事は緊張したものですから」


 ありがたい事だが、さきほど見たエスピーたちの反応が気にかかる。


「エスピーも、いいのか? 疲れてるんじゃないか?」


 エスピーが反対の立場なら、オルカともども無理やり付き合わせるわけにはいかない。


「だいじょうぶ。ボクも手伝う」


 ああ、初めて口を開いてくれた。


 可愛らしい声だが、見た目に反して落ち着いた口ぶりだった。


「そうか、ありがとう。ならば善は急げだな」


 一人が三人になろうとも往復にかかる時間に変わりはない。


 俺たちは、急ぎ身支度を整えはじめた。




 オルカとエスピーが席を外している間に、受付嬢から小声で話しかけられた。


「インディさんの人柄ひとがらを観察させていただいた結果、信頼できる方だと見込んでお話があります」


 秘密の話だろうか。


「よく分からんが、聞こう」


 こころなしか、俺も小声で返事をする。


「オルカさんのことです。あなたの人柄が信頼されたんだと思いますが、本来オルカさんは男の人と接するのが苦手なんです。普段の彼女は、同僚である男の冒険者にも近付きたがりません」


「信頼というか、心配してくれてるんじゃないかな? こんなおっさんだし」


 俺は両手を広げておどけてみせたが、受付嬢は真剣な表情を崩さない。


「そうかも知れませんが、とにかく事情があってのことなんです。ですから、彼女に対して過度なスキンシップは控えてくださいね」


 なるほど、そういうお願いか。


「俺としても、念願の冒険者への一歩を踏み出したばかりだ。仲間から嫌われるようなヘマはしたくない」


 そこまで言ったところで、ある疑念が頭に浮かぶ。


「俺としては逆に、何もしていないのに『体をさわられた』とか騒ぎ立てられることの方が恐ろしい。証人がいなけりゃあ自己弁護のしようが無いんだが、そういう心配は不要だろうね? もちろん、そういう風な女性には見えなかったが」


 学生やサラリーマン時代には、息をするようにウソをついて女性のせいで、ずいぶんと嫌な思いをさせられた経験がある。


「ああ、なるほど、彼女たちはそういうタイプではないですよ。それについては個人的にですが、太鼓判を押せます」


「なら大丈夫だ。俺は自分の市場価値をわきまえているんでね。あんな若くて綺麗なお嬢さんを相手に、どうこうしようとは思わんよ。もちろんそれは、きみも含めてだ。俺なんぞとは、どうやったって釣り合わんだろうさ」


 ⋯⋯今のセリフ、なかなかハードボイルドだったんじゃないか?




 ここでいう「俺の市場価値」とは、恋愛市場において自分に付けられるであろう価値のことだ。


 ここだけに限らず、市場価値というものはあらゆる場面で俺たちの人生を左右する存在だ。


 市場の価値というのは、一般的に需要と供給のバランスによって決まる。


 サラリーマンでいえば特定の技能を持っていたり、経験や実績を持つ人材こそが、企業が高い報酬を支払ってでも欲しい人材ということになるだろう。


 そのような人材が少ないほうが希少性も高まるので、さらに価値は高くなりやすい。


 金融資産についても同様で、多くの人から必要とされるもの、将来的に価格が上がると考えられるもの、希少性があるものは市場価値が高くなる。




 城塞都市ニーサから街道を外れて草原をしばらく歩くと、森林地帯が広がっている。


 開拓の手がわずかに入りながらも豊かな自然が残るこの森は、人間にとって有用な動植物の宝庫であり、水源地としても欠かせない場所となっているらしい。


 はじめこそ不安が先行していた俺だったが、初期で与えられたスキルである【野外行動】や【賢者】のおかげなのだろう、森林地帯での危機感知や薬草採取について、自然に頭と身体が反応してくれた。


 オルカとエスピーのアドバイスや協力もあり、あっという間に「薬草採取」クエストで求められる分量の薬草を集める終える。


 勢いに乗った俺たちは追加でもう一人分の薬草を集め終え、森を流れる小川のほとりで休息を楽しむ余裕があるほどだった。


「筋がいいですよ、インディさん。採集クエストは、他のクエストのついでに事もできますからね。安定収入にもつながります」


 段差に腰かけてほがらかに語るオルカの横で、あいかわらず無口なエスピー。


「ありがたい。とりあえず自活できなきゃ意味がないからな」


 薬師ギルドからの常駐クストである「薬草採取」の報酬は微々たるものだが、一夜の安宿と一日分の質素な食事代くらいはまかなえる。




 その時、俺とオルカの会話を静かに聞いていたエスピーが、トレードマークのとんがり帽子を頭から外した。


 この子供の素顔が、初めてあらわになる。


 とんがり帽子のつばが広いことに加え、身長差からエスピーを見下ろす形となっていた事もあって、ほとんどの場面で口から下の表情しか見えていなかったのだ。


 ツインテールにまとめられた髪は銀色に輝き、森の中をそよぐ風に揺られている。


 多少の湿り気が感じられるのは、とんがり帽子の中で蒸れていたからだろう。


 とんがり帽子とローブの間から少しだけのぞいていた身体を見た時から分かっていたことだが、肌色は薄めの褐色。


 子供らしい丸みを帯びた顔には、琥珀こはく色の瞳を収めたツリ目が自らの存在を主張する。


 鼻は小ぶりで自己主張はなく、口元はに結ばれているが不機嫌なわけではなさそうだった。


 総じて、幼児のような体型とはかけ離れた美形で、そのアンバランスさが不思議な魅力を生み出している。


「少し暑かったかな。帽子を脱ぐと、風が気持ちいいだろう?」


 返事を期待していたわけではないが、案の定コクリとうなずくにとどまるエスピー。


 会話が途切れたところで水筒の水を喉に流し込んだ瞬間、近くの茂みからガサガサッという擦過音さっかおんが響いた。


 事前に何も察知できなかったわけなので、俺の【野外行動】スキルもまだまだ初心者に毛が生えた程度ということだろう。


 俺とオルカはそれぞれに剣を抜き放ち、エスピーは杖をたぐり寄せる。




 茂みから顔を出したのは、イノシシを思わせる風体の動物だった。


【賢者】と【野外行動】のスキルを頼りに動物の正体を探るが、残念ながら回答は脳裏に浮かんでこなかった。


「大イノシシ! 魔力の影響で変異した、凶暴なイノシシです。逃げるよりも、襲いかかってくる可能性が高いかと」


 オルカが答えを与えてくれた。


「君たちなら、楽に倒せる相手かな?」


 美女二名がそろってうなずく。


「ならば試しに、一人でやらせてもらおうか。いざとなったら助けてくれよ」


 二人をその場に立たせたまま、俺だけが大イノシシとの距離を詰めるようにゆっくりと前進すると、大イノシシの意識が俺に向けられるのが分かった。


 鼻息も荒く、足で地面を蹴り慣らしている。


 元がイノシシならば、攻撃方法は「突進から体当たり、そして牙を使ったしゃくり上げ」といったところだろう。


 自分の身体と剣が、不思議な力に包まれるのを感じた。


 二人のどちらかによる補助魔法だろう。


 魔法使いぜんとしたエスピーによる支援の可能性が高い。


 均衡を破るように、大イノシシが突進を開始。


 交差の瞬間にヒラリと避け、同時に剣を突き立てるイメージを思い浮かべる。


 だが、大イノシシの突進は思っていたよりも速く、迫力がある。


「うひぃ!」


 二者が交わるよりもかなり手前で、へっぴり腰を隠すこともできずに大きく右側に身体を投げ出す。


 恥ずかしい。


 なにが「交差の瞬間」だ。


 大イノシシは突進の角度を修正するが間に合わず、俺のすぐ横を通り抜けた。


 剣を杖代わりにして、なんとか立ち上がる。


 これは⋯⋯、思ったより、キツイ⋯⋯、そしてカッコ悪いぞ。


 二人のお嬢さんは、俺の醜態をどう見ているだろうか。


 恥ずかしさと余裕の無さで、二人の立つ方角へ顔を向けることもできない。


 駆け抜けた大イノシシは距離を置いて停止すると、再び振り向いて俺に向かって突進。


「うへぇ!」


 今度は先ほどよりも大イノシシを引き付けてから避けることができたが、それだけだ。


 攻撃を加える余裕など無い。


 大イノシシは三たび振り返ると、またしても突進。


 凶暴性は強化されていても、知性まで上がっているわけではないらしい。


 今度はギリギリの距離まで引き付けたうえで、最小限の動作でかわすことができた。


「ていっ!」


 交差時には、軽くではあるが剣を振り下ろすことにも成功する。


 攻撃は大イノシシの体毛と皮膚にはばまれたが、当てることはできた。


「いいですよ。タイミングが会ってきましたよ、インディさん!」


「イ⋯⋯、インディ、がんばれ〜」


 美女たちの黄色い声援によって、俺の中の眠れる戦士の魂がテンションを上げる。


 基本的に、男というのは何歳になっても、バカで単純な生き物なのだ。

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