第5話 中古の装備 〜物の価格の決まり方

 あっという間に冒険者ギルドに到着してしまったため、この世界について、もしくは冒険者ギルドについての情報収集は不発に終わってしまった。


 美女と離れ離れになるのは寂しいかぎりだが、このまま行動を共にするのも別の意味で気疲れしそうだ。


 視線の方向をひとつ間違えただけでセクハラ認定されそうな気がして、さっきから気が気じゃないんだから。


 特にエスピーの視線が突き刺さるようだった。


 この子にとってオルカの存在は、ただの冒険者仲間というより家族のそれに近しい関係なのかもしれない。




 オルカの仲介もあって、冒険者ギルドでの登録はつつがなく進んだ。


 はじめは仮登録ということなので、ギルドに所属することで受けられる恩恵にも制限があるため、少なからず不便が発生する。


 なるべく早く信用を勝ち取って、正規のギルドメンバーへ昇格することが、当面の目標だ。


 おっさんが初心者からスタートすることについては珍しがられたが、そもそも多種多様な人材が集まるのが冒険者ギルドという場所なのだろう。


 ランクの低いクエストであっても、真面目に、地道に仕事をこなす者は重宝されるということだった。


「この『薬草採取』クエストでも、モンスターと遭遇する危険性はあるのかな?」


 掲示板に貼られている中でも最低ランクのクエスト依頼に目を通しながら、登録手続きをしてくれたメガネの受付嬢に尋ねてみる。


「そうですね。可能性は低いですが、野生の動物や低レベルのモンスターと遭遇する危険は、常にあります」


 ふむふむ。


「だったら、まずは最低限の装備を整えないと話にならんか。武器や道具なんかは、提携している店があるんだっけ」


 登録手続き中に受けた説明を思い出しながら、カバンの中にある硬貨の重さを確認する。


「こだわりがなければ、ギルドで保管している中古品から選ぶという手もありますよ。お手入れは済んでいますし、お店で買われるよりもお得ではあります」


 お、いいね。


「それはありがたいな。どこで見せてもらえるんだい?」


「こちらです」


 受付嬢にしたがって建物の一角へ移動すると、旅館の(もちろん日本の旅館だ)一角にあるおみやげコーナーを思い出させるスペースがあり、ところ狭しと武器や防具、アイテムなどが陳列されていた。


「そういえば、店売りの相場を知らないんだった。どの程度お得なんだろう?」


「正直、店売り価格から見れば半額以下ですね。ギルドからすれば、これで儲けるつもりは無いんです。管理コストのほうが高く付きますし」


「それでも売れ残っているんだな?」


「みなさん理由はそれぞれですが、道具に対するこだわりが強かったり、専門店と顔なじみだと他に目がいかなかったり、亡くなった冒険者の遺品も多いので縁起を気にしたり。あとは見栄っ張りな方も多いのでしょうね」


 見栄っ張り⋯⋯、つまり「中古の商品なんぞ、みっともなくて使えん」ということか。


「とすると、ここにあるものは俺のような初心者向けということかな」


「ある意味では、そういう側面が強いです」


 なるほど。


「わかった。そういうことなら、ここで装備一式を揃えさせてもらおう」




 本来ならば、買い物は価格を比較した上で行うことが望ましい。


 特に高い買い物をする時などは、相見積あいみつもりが必須といえる。


 だが今回のような場合は、必要以上の時間をかけずにギルドを信頼してしまうのが良策だろう。


 理由はいくつかあるが、まずギルドがメンバーに対してあくどい商売をしてもメリットはない。


 俺が今後ギルドメンバーとして成長していくならば、いやでも装備に対する金銭感覚は身に付いてくる。


 その時になって「ああ、ギルドで初期装備を揃えた時に、ぼったくられたんだな」などと思われたら、ギルドにとってマイナスでしかないからだ。


 管理コストが高く付くというのも本当だろう。


 俺のようなサラリーマンにはなかなか分からないことだが、商売というのは手間がかかるものなのだ。


 商品を区分し、帳簿をつけて在庫を管理しなければならない。


 商品を置いておくには、それだけ場所代もかかる。


 この世界に確定申告があるのかどうかは分からないが、組織としてやっていくためには面倒な書類仕事がつきものなのだ。


 ギルドからすれば、二束三文でもいいから売り払ってしまいたいというのが本心だろう。



 現実の世界でも、中古品を上手に活用できる人は、生活の満足度と蓄財ちくざいを両立させやすい。


 車などは特に良い例だろう。


 新車というものは、買った瞬間に価格が大きく落ちる。


 200万円で買った車を直後に売りに出したのにもかかわらず、買取価格が100万円にしかならないことも珍しいことではない。


 その差額の100万円分は、「新車を買った」という満足感(見栄)だったり、販売者担当者の給与だったり、「細かいオプションやカラー」を選ぶこだわりに対する対価だったりする。


 冷静な判断ができずに「それでも車に乗るたびに満足感が得られるのなら、安いものじゃないか」という人に限って、将来お金が必要になってから後悔をするのだから困ったものだ。




 中古の装備品は、駆け出し冒険者の俺には十分過ぎる良品だった。


 背嚢リュックや防寒具などをはじめとする冒険者の必需品から、革鎧などの防具まで、受付嬢の勧めに素直に従って揃えさせてもらった。


 武器はやはり、ファンタジー世界の定番である剣を選択した。


 これから武器レベルを上げていく際の汎用はんよう性、入手頻度ひんどの高さという面から見ても、剣の使い勝手が良さそうだからだ。


 副武器として、手斧も腰に下げておく。


 予備の武器として、また投擲とうてき武器としても使えるうえ、生活道具としても便利に使えそうな一品だ。


 古代語魔法の発動体として使える指輪も格安で入手できたので、いざという時には武器にエンチャントウェポンの魔法をかけることもできる。


 受付嬢の試算によれば、これらの装備を全て専門店で買い揃えようとすれば、俺の手持ち資金は底をついたうえに、指輪の購入は諦めざるをえなかったらしい。


「ありがとう。おかげでいい買い物ができた」


 あらためて、彼女に礼を述べる。


「素晴らしい判断力だと思います。必要なものから順に、品質を担保しながらも費用対効果に優れた品々を選ばれていました」


 まんざらでもない様子で、彼女も俺を褒めてくれた。


「きみの勧めるがままに選んだだけさ。素晴らしかったのは、きみの目利きの力だよ」


 それは俺の本心から出た言葉でもあったし、今後もお世話になるであろう人間に対する配慮でもあった。




「いまから薬草採取に出て戻ろうと思ったら、時間が足りないかな?」


 装備代金の支払いを済ませ、その流れで受付嬢に尋ねてみる。


「そうですね。もうしばらくすれば日が沈みはじめるでしょうから、厳しいでしょう。かといって現在、仮登録のインディさんにお願いできる仕事が他にないので、今日のところは⋯⋯」


「ただいま戻りました!」


 話の途中で扉が開き、オルカとエスピーの二人が建屋内に入ってきた。


 俺と受付嬢が「おかえり」と出迎えると、あいかわらずの美貌を誇るオルカは新しくコーディネートされた俺の全身を眺め回したあと、手に持った荷物を受付のカウンターに置いた。


「ありがとうございます。助かりました」


 受付嬢が感謝の意を述べる。


 どうやらオルカたちは、ギルドの雑務か何かを手伝っていたらしい。


「見違えましたよ。一気にベテランの冒険者っぽくなりましたね、インディさん」


 ベテランに見えるのは装備のおかげではなく、俺の年齢のせいだろう。


「いいだろう。受付のお嬢さんが見繕ってくれたんだ」


 と言いながら、例のを指差す。


「いいです、いいですねぇ。それで、何か受けられそうなクエストがありました?」


 オルカと俺の会話を聞いていた受付嬢の顔が申し訳なさそうに歪んだのが見えたので、フォローを入れる。


「いや、仮登録の人間が受けられるクエストが、いまは薬草採取以外に無いらしいんだ。だから明日からの予習を兼ねて、軽く現地を見に行ってみようかと思っている」


 そうすることによって、明日は仕事の進み具合がスムーズになるだろう。


「素晴らしい心がけですね!」


「いやいや、この仕事で飯食っていくつもりなんだから、これくらいは。特に俺の場合は、スタートが遅いんだからさ」


 俺がこの世界の人間だったなら、年齢的なハンデに対して焦りを感じずにはいられないはずだ。


「そういう事でしたら、私たちもお手伝いさせてください。三人でやれば今からでも一日分のノルマを達成できるかもしれませんよ」


 俺としてはありがたい提案だったが、他の二人にとってオルカの発言は意外なものだったようだ。


 驚きの表情を浮かべたエスピーと受付嬢が、お互いの顔を見合わせている。












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