第7話 初めての戦い 〜はじめて投資に挑戦した時

 ワンパターンの突進攻撃を開始した大イノシシとの、四度目の交錯だった。


 巨体の突進をすんでの所でヒラリとかわし、基本に忠実な上段斬りを大イノシシの首筋めがけて振り下ろす。


 刃物が肉に突き刺さる小気味良い感触のあと、ガリッという音とともに大イノシシの首骨に剣先が押し留められた。


 剣が刺さったままの一瞬で俺の身体は大イノシシの進行方向へと引っ張られ、次の瞬間には剣が抜けた反動で軽くなった右半身を制御しきれずに体勢が崩れる。


 尻もちをつきそうなところをギリギリで持ちこたえると、追撃に備えて急ぎ振り返る。


 ダメージを負った大イノシシは、戦意を喪失するどころか凶暴性が高まったようで、激しく牙を向いて俺を威嚇してきた。




 これが、戦うということだ。


 命の奪い合いだ。


 剣と魔法のファンタジーに憧れているだけだった頃の俺には、到底理解できなかったであろう血なまぐさい現実が、ここにはある。


 心のどこかで抱いていたお気楽なファンタジー世界のイメージから脱却し、この世界の住人として命をかけて戦う覚悟が必要だった。


 大きく息を吸い込み、ゆっくりと時間をかけて吐き出す。


 息を止め、剣を構えなおし、大イノシシと睨み合って目線が交錯した瞬間に、覚悟が決まった。




 初めて投資信託を購入した時(確か、最低購入額の100円分だったか)、心臓の鼓動が激しく動悸したことを思い出す。


 今思えばあの時の俺は、未知の戦いに挑む冒険者のような心境だった。


 念入りに下調べはしたものの不安は消えず、「百聞は一見にしかず」とばかりに思い切って購入手続きを終わらせたものだ。


 あれから幾多の高騰と暴落を乗り越えて、今の俺にたどり着いた。


 冒険者としても同じこと。


 ここで初めてのスタートを切って、長い道のりを歩み始めるのだ。




 五度目の突進で、ついに大イノシシの行動に変化が見られた。


 突進の勢いが途中で弱まり、タイミングをいっした俺の足に大イノシシが牙を突き立てる。


 フェイントだったのか、首のダメージから突進が弱まった結果なのかは分からない。


 ただ初心者である俺は、この攻撃リズムの変化に対応できなかった。


 ギリギリのところで牙が足に突き刺さることだけは回避したものの、足のスネ部分を削られてしまう。


 この攻撃は大イノシシにとっても捨て身の攻撃だったようで、接近戦になったことで大イノシシの首が無防備にさらけ出される。


 チャンスと見た俺は、足に受けた傷の対処を後まわしに、大イノシシの首筋は向けて垂直に剣を突き刺した。


 魔法で強化された剣先が、さきほどの斬撃で与えた首筋の傷に吸い込まれていく。


 大イノシシが「ピギィィィ!」と断末魔の叫び声をあげる。


 突き立てた剣が大イノシシの体を貫通し、勢いのまま地面に突き刺ささった。


 その状態を維持し、最後のあがきを続ける大イノシシを地面に縫い留め続ける。


 次第に力が弱まりつつある大イノシシの動きから、自分が他者の命を奪っているという事実を実感する。


 ついには動かなくなった大イノシシから剣を引き抜いた時には、どれほどの時間が経過したのかも分からなくなっていた。




「おみごとです、インディさん。いま治療しますからね」


 俺にかけ寄ってきたオルカはすでに鞘に納剣を済ませており、空いた両手を俺の両足あたりにかざしながら神聖語を唱えてくれた。


 そういえば、戦いに夢中で怪我の痛みを忘れていたらしい。


 脳内で生成されるという、エンドルフィンだがドーパミンだがのおかげだろう。


 オルカの神聖魔法によって、大イノシシの牙にえぐられたスネの怪我が回復していく。


「ありがとう。みっともない戦いぶりを見せてしまったな」


 情けないが、これが今の俺の実力だ。


「いいえ、すごかったですよ。初めてのモンスター討伐で結果を出せちゃうなんて、私から見たら凄い快挙ですよ」


 そこまで褒められると悪い気はしない。


「私から見たら?」


 そう言うからには、オルカの初戦の戦績は芳しくない結果だったのだろうか。


 本気で話したくない内容なのか、オルカは目線を逸らせてモジモジしている。


 可愛い仕草に鼻の下が伸びそうになるのをこらえて、反省した俺は瞬時に話題を切り替える。


「いや、すまん。話したくないこともあるよな。それよりエスピーも、援護の魔法をありがとな」


 とんがり帽子をかぶり直し、それでも先ほどまでよりも帽子のつばを上げて表情が見えやすくなったエスピーが、ゆっくりと近付いてきた。


「インディ、すごかった。最初はボク、負けちゃうかと思ったのに」


 あいかわらずの無表情だが、どことなく雰囲気が和らいでいる気がする。


「初めての実戦で、思ったよりも緊張しちまった。最初のうちは、ぜんぜん思ったとおりに動けなくてな」


 いま思い返してみても、冷や汗が出てきそうだ。


「オルカ姉さまの時は、最後まであんな感じだった」


 エスピーの爆弾発言に、オルカがほほを赤らめる。


「な⋯⋯、なにを言うんですかエッちゃん。せっかくインディさんが話題を変えてくれたのに!」


 こうなってしまっては、俺も話題に乗るしかない。


「いや、たんなる年の功さ。人生経験が長い分、緊張から抜け出すのが速かっただけだろう」


 オルカの対モンスターデビュー戦なんて、彼女が今よりも若い頃の話だろう。


 どんなモンスターと戦ったのかまでは分からないが、とてつもない緊張を強いられたはずだし、動きが鈍くなって当然だ。




 初期スキルの知識にしたがって大イノシシの血抜き処理をしながら、俺はさきほど交わされた会話から得た情報を吟味していた。


 さきほどエスピーは、オルカが初めてモンスターと戦った時の話を披露してくれた。


 それはつまり、少なくとも冒険者としてデビューした頃から、二人が一緒だったということだろう。


 肌の色など身体的特徴の違いから血縁ではない可能性は高いが、それに類するくらいの強い絆がうかがえる。


 エスピーは小学校の高学年くらいの見た目をしているが、多めに見積もって14〜15歳だと仮定してみよう。


 前線で戦わない魔法職とはいえ、冒険者としてのキャリアがそこまで長いとは思えない。


 せいぜい数年、現実的に考えれば、ここ一年くらいの間に冒険者としての活動を始めたのではないか。


 とすると、デビューから一緒にいるオルカのキャリアも、同様にその程度ということになる。


 もちろん、キャリアが短いからといって彼女たちを軽く見るという事ではない。


 そうではなくて、二人が歩んできた道のりを思い、それがおそらく厳しいものだったのだろうなと、複雑な気分になっただけだ。




「二人は、他にも仲間がいるんだろう?女性だけのパーティーとかに所属しているのか?」


 ギルドの受付嬢は内密に、オルカは男性が苦手なのだと教えてくれた。


 仲間がいるとしたら、女性の可能性が高い。


「いえ、私たちは二人だけで活動しているんです」


 この世界では、女性の冒険者は少数派なのだろうか。


「そうか。二人だと、一人よりは役割分担ができるし、大人数パーティーよりも身軽に行動できて良いかもしれないな」


 こうなってくると、これ以上は深い話題に入りにくい。


 この二人が自分たちの意思でペアでの活動しているのか、他に何らかの事情があるのかが分からないからだ。


 もしかすると、この子たちは冒険者ギルドの仲間内で上手に人間関係を築けていないのかもしれない。


 ほかの冒険者を見てもいないのに失礼な話かもしれないが、おそらく冒険者の中には粗雑な性格の男が多いだろう。


 オルカにはセクハラまがいの無遠慮な視線や発言が投げかけられるだろうし、それを無傷ではねのけるには、彼女は若すぎる。




 大イノシシの死体を持ち帰るための下処理が終わった。


 冒険者ギルドで購入した簡易的な運搬具が、さっそく役に立ってくれている。


「おまたせ。暗くなる前に帰れるかな?」


 さきほどまでの会話を振り払うように、つとめて明るく振る舞う。


「大丈夫です。森の出口まで行けば『運び屋さん』もいますから」


「そうだったな。じゃあ、そこまでがんばるとしよう」


 運搬具の持ち手を引こうとするが、最初の一歩が重い。


「よいしょ!」


 気合を入れて引っ張ると、いちど動き出した大イノシシの死体は滑るように地面を進んでくれた。

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