4月8日 姫野幸

 今日も変わらず、さくらに連れられて出勤した。

 眠い。寝てたい。仕事したくない。タバコ吸いたい。寝たい。

 私のささやかな希望は、いつだってさくらによって打ち砕かれる。

 ──まあ、そのおかげで、かろうじて社会に適応できているわけだけど。


 朝から、さくらの機嫌がいい。

 そういえば今日は、竜子ちゃんのバイト初日だった気がする。

 ……明日だったかもしれないけど。


 歳が離れてるから、妹なんだか娘なんだか、たまにわからなくなる。

 でも、さくらが竜子ちゃんを見る目は、たぶんそんな感じ。

 ……多分、私もそんな目で見てるんだろう。


 2ヶ月前はギスギスしてた二人も、今は──

 ギスギスしてる感じはしない、くらいには回復してるみたい。


「……聞いているのか、幸!」


 さくらの怒号で、現実に引き戻された。

 聞いてない。けど、それを正直に言ったらどうなるかくらいはわかってる。

 私はそんなバカじゃない。


「聞いてるよー」

 適当な返事でごまかす。

 これが正解。さくらは真面目だから、これくらいがちょうどいい。


「では、何故怒られてるかわかるな」


 さくらが怒っているのは、いつものこと。

 でも今日は、なんで怒ってるんだっけ……?


「貴様の格好だが」


 言われて、自分の服を見る。

 ちょっと派手だった?

 真っ赤で、ちょっとだけボディラインが目立つかも。


 未成年の竜子ちゃんに見せるには、少し派手だったかもしれない。

 でも、そこまで言われるほどでもない気がする。

 ここ、蒼井屋だし。年頃の男子がいるわけじゃない。

 そういう場所なら、いくら私でももう少し落ち着いた服を着る。

 ……それくらいの常識は、ある“はず”。


 私の魅力があふれ出しすぎているだけだと気づく。

 私って罪な女。


「私の魅惑のボディって、罪なんだね」


「貴様の駄肉なんかに魅力などない!」


 ……さくら、嫉妬してるのかな。

 毎日ヨガだかピラティスだかやって、ジムにも通ってるのは知ってる。食べるものにも気をつけているみたい。自分にも厳しいさくららしい完璧な管理。

 何もしてないのに、この魅惑のボディの私。好きなもの食べて、好きなとこで寝る。管理とは無縁の生活。

 さくらが“養殖”だとしたら、私は“天然もの”。

 どっちが美味しいかは──嘉穂ちゃんなら、きっとわかってくれるはず。


「なぜ脱いだ?」


「着てるけど?」


「私が着せてやった服はどうした!」


 ……ああ、あれか。

 毎朝、出勤時に迎えに来たさくらが用意してくれる服。

 毎日ちゃんと着てるけど──

 店に入ってすぐ控室にこもる私には不要だから、毎回脱いでる。

 どこに置いたかは……覚えてない。


「いつもと同じだけど?」


「なぜ脱いだ!」


「なんで着なきゃダメなの?」


 じっと睨むさくらに向けて、私はいつものセリフを言ってやる。


「下着は裸じゃないから、問題ないでしょ?」


 ……なんで、みんなこの当たり前がわかんないのかなぁ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る