第3話 烈道(れつどう)の涙

 炭と血にまみれた骸の山。その中から、一つの影が、地を這うようにして姿を現した。


焦げた白髪、血塗れの衣、だが鋭く光るその眼光に、才蔵は息を止めた。

白髪に血と煤をまといながらも、その眼光だけは、かつての威厳を失っていなかった。


――紛れもない。才蔵の師にして、義理の父、烈道であった。


「師匠……!」


才蔵は駆け寄り、崩れるように老人の身体を抱き起こした。


「師匠っ……これは、一体……何があったのですか?」


一流の忍である才蔵ですら、その動揺を隠しきれなかった。


「才蔵か……すまない……」


烈道の声は、血に濡れた喉の奥から絞り出すように、かすかに響いた。


「化け物だ……あの化け物が……里を襲った……里の男たちも、このざまだ……女子供は、秘密の地下に隠してある……」


その言葉に、才蔵はほんの一瞬だけ安堵した。


「志乃は……? 志乃は無事なのですか?」


志乃――才蔵の妻にして、烈道の最愛の娘。

烈道は、かすかに目を伏せた。そして、言葉を絞り出すように言った。


「……すまん。志乃は……死んだ。守れなかった。すまんのう」


あの烈道の鋭い眼光が、まるで嘘のように和らいで、その瞳の奥から、静かに涙が滲み出た。

鉄のように強く、誰の前でも涙など見せなかった男が――今、才蔵の腕の中で、音もなく涙をこぼしていた。


才蔵の全身から、すべての力が抜け落ちた。

音もなく、その場に崩れかける。だが――烈道の手が、かすかに才蔵の腕を掴んだ。


「すまない………だが……まだ終わってはおらぬ……逃げろと言いたいところだが……女子供が地下にいる……

地下には……お前の武具と、家宝もある……そうそれで…あの化け物を討て……あの化け物は……この国すら……滅ぼしかねん……

義重様(主君)のもとへは……葵(あおい)を走らせた……佐竹軍が来るまで……せめて……」


烈道はそこで、ふっと何かが抜け落ちるように目を閉じた。


「師匠……?」


才蔵が呼びかけたが、返事はなかった。烈道の身体は才蔵の腕の中で力を失い、静かに沈んでいく。すでにその胸は上下せず、その手からも生の温もりが消えかけていた。


ただ、烈道の瞳の端に滲んだ一筋の涙だけが、すべてを物語っていた。


守れなかった悔しさ。娘を喪った悲しみ。里を襲われた無念。そして、才蔵に託す希望――。

言葉にはならなかった想いが、その一滴に凝縮されていた。


才蔵の腕の中で、烈道は、静かにその生を終えていた。


「――師匠ぉぉぉぉぉっ!!」


才蔵の咆哮が、朝焼けの空に響き渡った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る