約束

 バンの死刑執行前日、私はミナさんの家を訪れた。居間に通されるとすでに彼はそこにいた。



「ようやく役者が揃ったな。」



 あの日のようにそう言うから、つい笑みが溢れた。ウユに帰って来てから二日が経った。準備は整った。



「ジンだってさっき来たばかりでしょう。」



 そう笑うミナさんはやはり心なしか楽しそうだ。ジンさんも吹っ切れたように笑っている。この二日間、私たちは何か相談したわけでもなかったけれど、こうして集えば分かる。考えていることは同じだ。



「それで?」



 ミナさんは腰に手を当てると私とジンさんを交互に見た。まるで悪戯を企てている子どものような笑顔だ。ジンさんはやれやれと笑った。



「俺はバン……ミングの死刑執行が終わるまで休暇扱いだ。警備隊の上層部は貴族ばかりだからな…。バンの正体や俺との繋がりを知る者もいる。直接警備に関わらせないための策だろうな。」

「ジンがバンを逃すとでも思ってるのかしら。」

「さぁな。」

「だとしたら上層部もジンを見誤ってるわ。」

「あぁ、俺は自分の保身を優先する。」



 そう言って笑い合う二人を見るのもなんだか懐かしく感じてしまう。まだ旅から帰って二日だというのに、あの日々が遠い過去のようだ。



「だから今の俺はウユの警備隊の職務を外れているし、何よりこれは独り言なんだが」



 ジンさんは咳払いすると私から顔を背けて続けた。



「結局警備隊はタブルとミングが同一人物であるという確証を得られなかった。だから骨董品店はそのままだ。例えあの店の地下に盗品が眠っていようと、それを差し押さえる権利はない。」



 盗品が…地下に…? ミナさんに視線を移すと、ミナさんは笑顔で頷いた。



「そしてあの店の権利者はタブルからミナに移った。要するにミナが自由にできる。」

「そういえばタブルから店を譲り受けたけれど、私骨董品に興味ないし、店を持つのも煩わしくて嫌なのよね〜。」



 そう言うとミナさんはニヤリと笑った。



「男手でも雇って、店の物運び出しちゃおうかしら。きっとこれから作業に当たれば、今日中に終わるわね。」



 つい笑みが溢れた。「これは私も独り言なんですけど…」と二人に背を向けて続ける。



「ミナさんもジンさんも、バンを大事に思ってるんだなぁ。素直じゃない愛を感じるなぁ。」

「ふふっ。」

「いい加減そこに自分も含めろ、メグ。」



 振り返ると立ち上がったミナさんとジンさんが目の前にいた。



「私たちはいつだってあなたのことも大事に思っているのよ。」

「あぁ、そこに程度の差なんてない。」

「ミナさん…ジンさん…。ありがとうございます。」



 私たちは顔を見合わせると笑い合った。これもバンからもらったものだ。私はどこまでもバンに生かされている。

 家に帰る途中、いつも刺繍やレースを卸していた仕立て屋の前を通りかかった。奥では女主人が忙しなく動き回っていた。さらに足を進めるといつも利用していた市場に差し掛かった。



「メグー!」



 不意に名前を呼ばれて振り返ると、子どもたちがいた。



「最近どこ行ってたの!?」

「久しぶりな気がする!」

「お家にいなかったの!?」

「お話聞かせて!」



 矢継ぎ早に声をかけられ思わず苦笑した。子どもたちはいつだってパワフルだ。その中にはお隣の女の子もいた。



「いいよ。何のお話にしようか。」

「えっとねー…」

「あ、あのお話がいい!」



 場所を広場に移しながらリクエストを聞く。二つ三つ話をしてやると、彼らは満足そうにうっとりとした。



「やっぱりメグのお話が一番だな!」

「私もメグのお話が一番好き!」



 嬉しい感想をたくさんもらって、私も笑顔になった。



「明日もお話ししてくれる!?」



 そうお隣の女の子にせがまれて、かつての自分の姿が重なって見えた。また明日と約束するのは簡単だ。私はその場にしゃがみ込むとお隣の女の子と目線を合わせた。



「ごめんね、明日は来れないの。」

「ええー! じゃあ明後日は!?」

「明後日も来れないの。」

「なんで!?」

「もう来れないの。」

「なんで!?」



 駄々をこねる彼女は次第に目に涙を溜め、ついにポロポロと泣き出してしまった。周りの子たちもお隣の女の子につられて泣き出してしまい、私は苦笑しながら皆を宥めた。それを見つけた親たちも一緒に苦笑した。



「ごめんねメグ、いつもありがとう。」

「ううん、私こそごめんね。」

「ほら帰るよ!」



 皆親に手を引かれて帰路に着いたのを見送って、私も一人帰路に着いた。

 翌日、まだ日も昇り切らないような早朝、私は骨董品店を訪れていた。目の前のショーウィンドウの中はすっかり綺麗になってしまっていた。そういえば看板もない。



「この店なら閉店したぞ。」



 いつの間にかやって来たジンさんが隣に立って言った。「知りませんでした」と笑うと、ジンさんも笑った。



「次は何のお店になるんでしょう。」

「さぁ、店主は気まぐれだからな。」



 そう肩をすくめた。不意に「そうねぇ」と言う声が聞こえて振り返ると、ミナさんが柔らかく笑っていた。



「刺繍やレースでも売ろうかしら。国外に伝手もできたし。」

「名案ですね。ウユではよく売れますよ。」

「メグが言うと説得力が違うわね。」



 私たちは顔を見合わせた。



「……本当に、行くの?」



 ふとミナさんは顔を歪めた。こんなに悲しそうな顔を見るのは初めてだ。私が笑って頷くとミナさんは私を抱き寄せた。その背中に腕を回して、私もしっかりミナさんに抱き着いた。



「気をつけるのよ。」

「はい。」

「私たちはいつだってメグの味方よ。」

「ありがとうございます。」



 腕を解いたミナさんの顔を覗き込むと目一杯に涙が溜まっていた。ミナさんがパッと背を向けたのを見てジンさんは優しく笑った。



「メグ。」



 そう言ってジンさんが腕を広げるから、私はその腕の中に飛び込んだ。ジンさんは私を受け止めるとしっかりと抱き締めてくれた。



「いつでも帰って来い。いつまでだって……、いや、いつでも歓迎する。」



 いつまでだって待つ。そう言わなかったのは、バンを10年も待ち続けた私への配慮だろうか。



「ありがとうございます。」



 顔を上げるとジンさんが優しく笑っていた。ミナさんを振り返ると、ボロボロに泣いたミナさんが腕を広げてくれたので、三人で抱き合った。



「ありがとうございます。」



 もう一度そう言った瞬間、目頭が熱くなって鼻の奥がツンと痛んだ。



「二人のおかげで、私、強くなれました。甘えることも覚えられた。他にも大切なこと、たくさん教えてもらいました。本当に、ありがとうございます。」



 笑顔でお礼を言いたかったのに、涙が次から次へと溢れて止まらない。それでも私は続けた。



「味方がいてくれるって本当に心強いです。私はもう、独りじゃない。」



 ミナさんとジンさんは涙を拭い、頭を撫で、抱き締めてくれた。二人には感謝してもしきれない。



「ミナさん、ジンさん、大好きです。」



 改めて二人に抱き着くと頭上から微かに漏れる嗚咽と、鼻を啜る音が聞こえた。

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