二つ目の国 -1
目を覚ますと、窓の外はすっかり明るくなっていた。カーテンを閉めているにも関わらず、差し込む日の光が眩しい。身支度を整えて車内のレストランスペースへ行くと、ミナさんとジンさんは既に食後のコーヒーを楽しんでいた。
「あぁ、おはよう。メグ。」
朝から綺麗なミナさんに気後れしながら、挨拶を返す。隣に腰掛け、遅れて朝食を摂り始めた。ときどき視線をミナさんの横顔に向ける。もちろん正面からも美しいが、なんて横顔もなんて美しいんだろう。私より一回り近く年上なのは間違いないが、それにしたってこの差は釈然としない。
「あら、何かついてる?」
「え。あ、いや、えっと…。」
急に振り向くものだから、ついついどもってしまった。そんな私を尻目に、ジンさんは相変わらずコーヒーを飲んでいた。ミナさんはとにかく美人だ。スタイルもいい。女として憧れてしまうのは無理もない話だ。何年経ってもああなれる気がしない。そう思いながら車窓に目をやると、外に広がる景色に目を丸くした。
「真っ白…!」
「今頃気がついたのか?」
呆れを含んだ声でジンさんにそう言われて、少し恥ずかしくなった。まるで朝食に夢中だったかのように聞こえる。実際、夢中だった対象はミナさんなのだが…それはそれで恥ずかしくてとても言えない。
「これって、雪…ですか?」
「そうよ。初めて?」
「はい…。」
ウユは比較的温暖な地域なので、雪は滅多に降らない。少なくとも、私の物心がついてからは降っていない。
「これから行く国は、とても寒くて年中雪に覆われた国なのよ。」
「それって、もしかして…。」
「そう、クスウェルよ。」
クスウェル。その国名を聞いただけで思わず身震いした。クスウェルはウユよりもずっと北東に位置し、ミナさんが言うように年中雪に覆われた国だ。東に移動しているものとばかり思っていたが、いつの間にか北上も一緒にしていたらしい。本や絵でしか見たことはないが、ウユに比べ物にならないくらい寒いに違いない。私、生きていられるかな…。
「防寒具は列車に乗る前に一応買っておいたんだけど、足りなかったら現地で調達しましょう。その方が絶対に利口だもの。」
そう言うミナさんに頷いた。よくよく考えてみれば、私は言われるがままついて来てしまったものだから何も備えがなかった。自分の甘さを猛省する。
「……行き先を言わなかった、コイツが悪い。」
いつの間にか俯けていた顔をパッと上げると、ジンさんは窓の方を見ていた。私が凹んでいたの、気付いて気遣ってくれた…?
「その通りだけど、そんな言い方ってないじゃない。もう、ジンったらそういうところよ。」
「昔からお前は一人で突っ走るからな。」
「そんなだからまだ独身なのよ!」
「なっ…。」
気にしていたらしいジンさんは勢い良くこちらを振り向いた。その表情は少し…いや、結構悔しそうだ。ミナさんはといえば、フンッとそっぽを向いてしまっていた。本当に仲が良いんだなぁと感心する。
「コイツね、婚約者がいたんだけど、こんな性格だから逃げられたのよ。」
とニヤニヤしながらミナさんが私に囁く。
「違う、気が合わなかっただけだ。」
「どうだか。ムキになっちゃうところが怪しいわよねぇ。」
「くそっ…。」
拗ねているジンさんは、先日私の家を訪ねて来たときとは全く違う印象を私に与える。あのときはまさか、こんな風に一緒に食卓を囲んで談笑する日が来るとは夢にも思わなかった。人生何があるか分からないものだ。
「さて、あと一時間程で駅に着くはずだから、それまでに用意を整えましょう。」
ミナさんのその言葉を皮切りに、私たちは自室に戻り各々準備を始めた。ミナさんから受け取った防寒具を試着してみたが、正直暖かい車内では暑い。これでも足りない可能性があるのかと、私は身震いした。
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