二つ目の国 -2

 一時間後、私たちは白銀の世界にいた。クスウェル最大の都市に着いたはいいものの、あまりの寒さに適当なカフェに避難した。



「で、なぜクスウェルなんだ。」

「昨日得た情報だと、バンの奴は次にここを狙う可能性が高いの。というのも、このクスウェルには昔盗り損ねたお宝があるのよ。」

「お宝…?」

「宝石か。昔あったな、そういえば。」

「さすが、ミングの追っかけだけあるわね。」

「誰が。」



 噛みつくジンさんを他所に、ミナさんは上品に笑って見せた。ジンさんはやはりミングに詳しい。幼馴染みというだけで、そこまで詳しいものなのだろうか。



「ウユでの盗みが成功したし、ここを狙ってもおかしくないなって。」

「なるほどな。」



 不思議と納得したジンさんだったが、私にはあまりよく分からなかった。私は骨董品店でミナさんと話している時、『だからウユは嫌だった』と言ってたことを思い出した。ウユでの盗みは、バンにとって何か曰く付きだったのかも…。



「そんな問題の宝石なんだけど、なんとすぐそこの広場のど真ん中に展示してあるのよ。」

「ええっ…。」

「なんでも、守りが厳重で盗られる心配がないんですって。」



 守りが厳重だからといって、怪盗に狙われたことがあるようなお宝を広場のど真ん中に展示するだなんて…よほど自信があるのだろう。……バンにとって、かなりの屈辱に違いない。



「私、その宝石を見に行きたいです。街の様子も見てみたいですし…。」



 ミナさんはニコッと笑うと、「ジン、よろしくね。」と言った。ジンさんは当然の如くムスッとした顔で腕を組む。



「……まぁ、クスウェルの治安はウユに比べて悪いからな…。女二人で行かせるよりいいか…。」

「さすが、話が分かるじゃない! 決まりね! 私は宿を取ったりしておくわ。」



 少しして、私たちは二手に分かれることにした。大きい荷物をミナさんに預け、ジンさんと二人街へと繰り出した。



「っ……寒…。」



 厚手のコートに帽子、マフラー、手袋と防備したがまるで足りない。耐性がない私には酷な寒さだ。そんな私とは対照的に、寒さを感じさせないジンさんの立ち居振る舞いに衝撃を受ける。



「ジンさんは寒くないんですか…?」

「寒いが、警官隊の仕事は昼夜問わず外が多い。何より、クスウェルは何度か来ている。」

「なるほど…。」



 カフェを出て五分ほど歩くと大きな広場に出た。警官隊が警備をしている辺り、少し穏やかではない。緊張感が漂い、どこか厳かな雰囲気だ。



「ミナさんの言い方からして、もう少し穏やかな感じかと思ってました…。」

「以前訪れたときはもっと穏やかだったはずだ。何かあったのかもしれない。」



 ジンさんは眉間に皺を痩せると、何かを考えているようだった。とその時、視界に小さなショーケースが入った。よく見ると中の台座がチラチラと輝いている。



「あれって…!」

「あぁ、噂の宝石だ。」



 遠目でも分かる、なんて美しいんだろう。淡い水色の大粒の宝石。辺りの白銀に混じって、なんだか少し切ない雰囲気だ。



「あまり近寄らないように。」



 不意に視界を遮られた。驚いて顔を上げると、クスウェルの警官隊の男性が目の前に立ちはだかっていた。



「あの、一般公開されているんじゃ…?」

「されているさ。外国人のようだね、この街へは来たばかり?」

「さっき着いたところで…。」

「それなら知らないのも無理はないか。実は昨晩、怪盗ミングから予告状が届いたんだ。」



 私とジンさんは、パッと顔を見合わせた。ミングの予告状が届いたということは、ミナさんの読みは間違っていなかったということだ。



「あの、詳細って新聞に掲載されました?」

「あぁ。各新聞がこぞって取り上げたからね、どの新聞でも確認できると思うよ。」

「ありがとうございます!」



 私は警官隊の男性にお礼を告げると、急いで来た道を戻った。



「おい、待て! 一人で行くな。」



 ジンさんに腕を掴まれてハッと我に返った。私は幸先の良さにとても興奮していた。バンを追いかけて来た最初の国でぶつかるだなんて思ってもみなかったのだ。



「嬉しくて、つい…。」

「嬉しいのは分かるが、土地勘もない女がふらふらとするもんじゃない。」



 ピシャリと叱られて、私は肩をすぼめた。きっと、異国にいるというだけで興奮しているんだろう。見慣れない雪と朗報が相まって、周りが見えなくなっていたに違いない。



「ご、ごめんなさい…。」



 私がしょんぼりと謝ると、ジンさんは罰が悪そうな顔をした。ジンさんは間違っていないのに、そんな表情をさせてしまったことがさらに申し訳なくなる。



「いい。嬉しいのは俺も同じだ。」



 そっぽを向きながら言うジンさんに、少し笑みが零れた。私とジンさんは街の見物もそこそこに、ミナさんとの待ち合わせ場所へと向かった。道中、店で新聞を購入した。大事に胸に抱えて歩いていると、心なしか温かかった。



「私の読みって、天才的ね。」



 合流したミナさんは、予告状の話をすると嬉しそうにそう言った。私たちはミナさんが確保してくれたホテルの一室に居た。どうやら雪祭りの時期らしく、部屋が一部屋しか空いていなかったので三人仲良く相部屋だ。既に私は少し居心地が悪かったが、ミナさんとジンさんは何も思わないようだった。



「お前の読みというより、情報屋が、だろう。」

「あら、バレてた?」



 悪びれもせず言うミナさん。どうやら、あのターミナル駅の側には裏の業界馴染みの情報屋がいるそうだ。



「さて、新聞ありがとう。改めて詳細を確認しましょうか。」



 ミナさんに促されて、大事に抱えていた新聞を広げた。



『明後日の夜、怪盗ミング参上!?』



 見出しを読んで、ウユで配られていた号外を思い出した。どの国でも似たような見出しの書き方をするのだろうか。それとも、ミングの扱いが同じなだけ…?



「派手な予告だ…。盗みは隠密にした方が楽だろうに…。毎度理解に苦しむな…。」



 確かに…とついつい苦笑を漏らした。



「あの警官隊の男によると、奴が盗みに現れるのは明後日の夜。狙いはあの宝石で間違いないな?」

「そうみたいね。新聞にもまんま同じことが書いてあるわ。」



 ザッと内容を確認してみるも、明後日の夜というだけで詳細な時間については記載されていなかった。



「バンを狙うなら張り込むしかないわねぇ。」



 私が思っていたことをミナさんが代弁してくれた。それにより、私は少し落胆した。この極寒の中、屋外で張り込みをしなければならないのか。ミナさんから他の案が出なかったところを見るに、他に手はなさそうだ。



「私、ここに居てもいい? 別に私はバンに興味ないもの。」



 にこにことしながら言うミナさんに、思わず顔が引きつる。いや、彼女が言うことはごもっともだ。バンに用事があるのは私とジンさんで、ミナさんは道案内にすぎない。



「俺はお前が人でなしだと思う瞬間がある…。」



 ジンさんはボソボソと漏らしつつ、最終的にミナさんがホテルに残ることを了承した。こうして、私とジンさんだけであの公園で張り込みをすることになった。

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